信仰、宗教に至った数学者~ピタゴラス編~

こんばんは、satoです。

昨日までで数学には「ビジョン」となる数学的実体があり、新しい数学を創造するときにはそれが必要であること、そして「霊感」の働きが重要で多くの数学者はこれに即した哲学、信仰を持って研究しているということを書きました。
数学者の多くが「霊感」を受けながら研究をしているためか、数学者の中には「信仰」に至る人もいます。

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ピタゴラス

その中でも一番古く、また有名なのは「ピタゴラス」だと思われます。
ピタゴラスと言えば「ピタゴラスの定理」、あるいは「三平方の定理」と呼ばれる定理が有名ですが、それ以外にも様々な発見をしました。
その中でも大きかったのは倍音の発見でした。

ピタゴラスは鍛冶屋で叩かれている金槌の様々な音を聞いて、「音が共鳴している時には必ず綺麗な整数比になっている」ということを発見したと言われています。
金槌の重さの比率が綺麗な整数比だったことに由来すると言われていますが、これは実際のところ関係がないのだとか…。
たとえば、ドの音が鳴る弦の真ん中を押さえると一オクターブ高いドが鳴ります。2/3のところを押さえるとソの音が出ます。
このようにして、ドの音から簡単な整数比を使ってすべての音を作ることができます。これを純正律、ピタゴラス音律といいます。こちらに分かりやすく書かれています。

このように、音から数学を見出したのがピタゴラスだったのです。
余談ですが、当時の数学は数学だけでなく「天文学」と「音楽」を含んでいました。音楽と数学の関係性は意外と深く、最近でも数学の最先端の結果を使って音楽を作る人がいるのだとか…(´・ω・`)
ちなみに、摂理で音楽に詳しい方は割と数学に対しても理解のあるということが何回かありました。

若干話が逸れましたが…。
こんな感じで、ピタゴラスはすべての事象から数学的事実を見出した人でした。
鍛冶屋の金槌の音から音律を、土地の問題からピタゴラスの定理を…という感じで。
そんな彼はこう考えました。

「すべての物は数でできている」

そして、この考えに基づいて一つの教団を作り上げました。ピタゴラス教団と言われているものです。
ピタゴラスは数学がすべてを支配する、という宗教を作ってしまったのです。
ここで一つ注意なのが、彼が話している「数」というのは有理数、つまり整数の数の比で表される数であるということです。
これは先ほどの音律でもそうだったように、様々なものが「整数比」でできていることからそう思ったのだそうです。

ところが、ピタゴラスが発見した「三平方の定理」を使うと、「一辺の長さが1となる正方形の対角線の長さ」が有理数で表せないことが分かるのです。
この話は√2は無理数である、という形で、現在中学生が「背理法を使う例」として学びます。
このことに気づいた教団の人を、ほかの教団の人が殺してしまった…という話もあります(´・ω・`)

この「万物は数でできている」というピタゴラスの宗教は、のちに市民間の争いによって崩壊しました。
しかし、この哲学は多くの人の中で生きていました。たとえば、ケプラーはピタゴラスのように「宇宙は綺麗な数式でできている」と考え、惑星の数と5つしかない正多面体を対応させたりしていました。
ケプラーはケプラーの法則の発見やそれまで円運動だと信じられていた惑星の軌道を「楕円運動」だと主張するなど、先駆的な研究も多かった人です。

ピタゴラスが考えるように「すべての万物が数でできている」というのはさすがに言い過ぎではありますが、現代物理学が発展するにつれて、「それぞれの定数が絶妙である」ということが分かってきました。
光の速度やプランク定数など、物理では様々な定数を使って事象を数式化していますが、この定数が少しでもずれていると「宇宙そのものが形成されない」とか「地球上に生命が生まれない」ということが起きるそうです。
このことを考えると、「数」を通して神様の存在を証していると思うのは私だけでしょうか?

次は、数学から聖書の研究に移行した一人の数学者について書きたいと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。