摂理人satoの月明洞訪問記2016二日目

月明洞に来て二日目。前日は岩の造形を作るボランティア作業をずっとしていたので、内心体は疲れていました…(笑)
しかし、それでも月明洞の一日は変わらず流れていきます。

月明洞に行くと、生活リズムが変わります。
私の場合、明け方に一度起きて教会に礼拝を捧げた後一度休むのですが、その休みが長すぎて気が付いたら午前中をほぼつぶしていた…なんてこともありました(´・ω・`)
それは「休むこともできる、いくらでも寝れる」という環境に流されてしまっていたところが大いにあります。
しかし、月明洞に行くと祈った後朝ごはんがあり、作業があり、たくさんの御言葉を聞く機会があり、昼ごはんがあり、散策もあり、夕ご飯あり…と生活リズムが一定になります。それもとてもいいリズムで、朝は明け方から起きて、夜は遅くならない程度にすべてのことが終わります。
また、寝ることよりもっと色々なことがしたくなり、結果として昼間寝る時間が少なくなります。しかし、その分夜は早めに帰って寝るので、睡眠時間はあまり変わりません。本当にいいリズムだなって、去年からずっと思っていました。

先ほど御言葉を聞く機会がたくさんあると書きましたが、この日は鄭明析先生の弟さんであるポンソク牧師から御言葉を聞く機会がありました。
いつもポンソク牧師の御言葉はとても深く、私にとってはとても恵みとなることが多いです。それは、より基礎的な「人間とは何か」とか「信仰とは何か」という哲学的な話が多いからかもしれません。

この日聞いた御言葉でも、色々な話をされたのですが…

御言葉を聞いても、行動力がないから想像だけをする。

この話は、まさに私が今年一年…いや、摂理に来てからずっとぶつかっていた問題でした。
御言葉を聞いて、あるいは様々な刺激を受けて色々なビジョンが浮かびはするのですが、そのことに対する「空想」で頭がいっぱいになっていました。
どのように成功するか、その物語。
あるいは、もしうまく行かなかったら…という不安。
そのすべては「空想」だったりするのです。

では、どうしたらいいのか。
それは…御言葉を使うことだと話されました。
自分たちの力だけでは不安でできなくなる。だけど、御言葉には神様の力がある。だから、神様の力を使って自分の成し遂げたいことをするのだ。
そして、神様の力を使うためには御言葉を行なうこと。
非常に明確であるとともに、実際に御言葉を実践されてきた方の深みある言葉でした。

確かに、私も御言葉を聞いて心に受け入れた瞬間が一番行なう力が出るということを何回か経験しました。
私は発達障害の人が持つ「想像力の欠如」という壁にぶつかり、「頭の中にあること(知識)」と「実際に行うこと(動作)」をつなげることがスムーズにできません。
それに伴ってか、自分が頭の中で決定したことを取り組み始めるのになかなか時間がかかり、取り組んでいても途中でイメージがわかないとできなくなったり、ということでうまく行なえないことが多かったです。
それでも、御言葉を聞いた瞬間、御言葉通りに行おうという決心と、その通りに行う実践ができたことが何回かありました。

自分のぶつかっていた壁。
この一年間、いや摂理に来る前も来てからも感じていた「時間はあるけど、何をすればいいのか判断できない」という壁。
それによってずっと苦しい生を生きていました。
それに対して、この日神様は御言葉を通して解決法を教えてくださいました。

「私の力を使いなさい」

と。
本当に感謝です。

この日、一つ私の中で大きなしるしがありました。
このポンソク牧師の御言葉はとても恵み深いものなのですが、その分とってもボリュームがあります。
恥ずかしながら、私はよほどコンディションが良くないと30分の御言葉も集中して聞けず、記録する手が止まってしまいます。
それは御言葉の流れが掴めず、とぎれとぎれになってしまうからなのですが…。
このポンソク牧師の御言葉は終わりまで記録する手が止まらず、最後まで集中して聞くことができました(゜o゜)

受けたこの御言葉をもっと生活でも活かしていこうと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。