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「傷つきやすい」繊細なあなたへ

「傷つきやすい」繊細なあなたへ

こんばんは、satoです。

私は、人から何かを言われると傷つくことがあります。
どちらかといえば私はとても傷つきやすい方です。どうも、指摘を否定的に捉えてしまう(´・ω・`)
「失敗してしまった」ことに対して、とてもショックを受けるといいますか。
意外と、プライドが高いのかもしれません(´・ω・`)

最近の若者は、いや、多くの人はやっぱり指摘が苦手なのかもしれません(´・ω・`)
指摘をすると傷つき、ショックを受けてしまう…ゆえに扱いが大変だ、なんて言われることもあります。

たぶん、若者は昔よりもっと敏感になっているのでしょう。
私も若者ですが、人の言葉にはとても敏感です。

もしかしたら、かつて人に指摘されたときに

「人を不快にさせてしまった」こととか

「不愉快な感情を感じ取ってしまった」こととか

「失敗して傷ついた」こととか

があるのかもしれません。

人はもしかしたら、「自分が不快だから」とか「仕事が進まないから」とか、自分本位で指摘をしていることもあるのかもしれません。
しかしながら、話を聞いてみるとそういうこともそういう人もごく少数で、実際は「自分のためを想って」指摘をしてくれることが多いです。

そして、神様は100%自分のために指摘をしてくださいます。
御言葉から外れた行為をすることは少なからず自分に害があるから、御言葉で自分の間違った行為を正せるように教えてくださいます。そこに「不快だから、いじめてやろう」とか「精神的に攻撃しよう」とか、そういう思いはみじんもありません。

また、時には人を通しても指摘をしてくださいます。

ところが、自分が「自分を否定されることを恐れて」そのことを聞けずにいることもあるかもしれません。
「間違っている」ということが「自分の否定」につながっている、そういう認識で聞いてしまうと、心は傷ついてしまいます。
そうしたら、摂理の御言葉で常にダメージを受けてばかりです(´・ω・`)

間違っていることを指摘することと「自分を否定される」ことは違います。
そもそも、今のあなたが「本当のあなた」なのか、それは誰にも分かりません。もしかしたら、「もっと良くなれる」のに、それを「自分の否定」と捉えてしまっているのかもしれません。

神様は、あなたを創ったゆえに「本来のあなた」を知っています。
そして、そのあなたになればもっともよく生きられると知っています。だから、御言葉で教えてくださっているのです。

「今までの自分は、損をしていたのかもしれない」

「もう少し変わったら、もっとよく生きられるかもしれない」

そう思って、あなたの周りの声に耳を傾けると…傷を受けるだけの言葉が「愛の言葉」に変わるかもしれません。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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