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どうして人は勉強するのか?~学校の勉強と今の世界~

どうして人は勉強するのか?~学校の勉強と今の世界~

おはようございます、satoです。

昨日から「どうして勉強するのか」について書いています。
昨日は勉強する目的として「見える世界を広げること」である、と書きました。
知らなかったことを知ることによって世界の見え方が広くなり、より大きな視点で考えることができる、というところが楽しいと書きました。

しかし、その一方で「学校の勉強というのが面白さを感じられない」ということを書きました。
実際、勉強が楽しい、と思う子供が自ら勉強するのであって、そういう子が少ない、というのは「学校の勉強が楽しくない」と感じているからだと思います。
また、最近は「新しいことを知りたい」と思う子供が減っているなぁとも感じています。

今日はこの辺りについて感じていることをサクサクと書きたいと思います。

学校の勉強が楽しくない…

そう感じる子供が多い、と書きましたが、その理由の一つに

「今の勉強は『予め答えが決まっている問題を、予め教えられた方法で解く訓練』をすることに主眼が置かれている」から

というものがあると私は思います。

たとえば、学校で習う数学は解法が予め教えられ、それを繰り返し計算して出来るようにする、という流れになっています。
そこでは答えが合ってさえいれば点数をもらえます。逆に「答えが合わない」なら減点されます。

歴史で言うと「関ヶ原の戦いは何年に起きて、誰が勝ったか」という事実を答えさせる問題が多いです。

ここで問題なのはそれが分かることで何が出来るのか、その目的が不明瞭であるということです。
これがはっきりしないから、子供たちとしても楽しさが分からなくなります。

数学の解法を理解し、それを出来るようにすることそれ自体は必要なことです。
解法の訓練をすることで「計算できるようにする、理解できるようにする」というのはとても必要なことです。しかし、それを使って何をするのか、というところはあまり明確になっていないし、学校の試験では出てこないことが多いです。

数学において計算や式変形の訓練をするのはその先に出てくる多くの「数式を用いた概念」を理解するためです。「この先に、訓練しておいたことを用いることがあるんだ」って分かるか、それとも目的も知らないままただ「これをやれ」と言われるままにやるのか、これによって子供たちのモチベーションが大きく変わります。
(と、ここまで書いていますが、私自身もまだまだ研究不足でここまで先を見据えた教え方ができていないことも多いです…反省)

歴史の話もそうで、現在の歴史は「暗記」科目とされていますが、本来歴史を知って得られる面白さは「その時代の人々の考えを知ること」や「その時代を通して、今の時代にどのような影響があったのか」など『今の自分とのつながり』が見えるときに起こるものです。
このことを子供たちに教えるのは難しいですが、子供たちがそれを考える機会を与えられればもっと学校の勉強が面白くなるのかな…と思っています。

今は「知りたいことを手軽に知れる」時代

そして、もう一つ、今の時代は昔と大きく変化していることがあります。
それはインターネットの普及によって「子供たちが知りたいと思った知識・情報を簡単に得られる」時代になったということです。

昔なら、教師は「知識の門番・橋渡し役」として知識・情報を伝達することが役割となっていました。
しかし、今はインターネットを使って子供たちが適当な言葉を使えば知識を得られます。そういう意味では、教師と子供たちは「同等の立場」になっています。

今では子供たちのほうが知識を持っている、なんてこともあります。私も分野によってはむしろ子供たちに教えてもらう、なんてことも…(^_^;)

このように「知りたいことを知れる」時代に生きている私達にとって知識を得るための「学校の勉強」は魅力がないものとなってしまいます。だって、好きな時に調べれば得られる問題だから。
方程式の解法だって、年号だって、検索すればだいたい分かります。

…それでは、「知りたいことを手軽に知れる」今、「勉強する」ことに何の意味があるのでしょうか?
また、「何を勉強する」のでしょうか?これについてまた次回書いてみます。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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