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「しなければならない」に縛られていないか?

「しなければならない」に縛られていないか?

おはようございます、satoです。

今週はいつもの仕事をお休みして、体を休めております。
休んでて思うのは、自分自身が「ルーティンのように」生活していることです。それによる疲れ…肉体的だけでなく、精神的にも…が溜まっていたなと感じます。
こういう時、私は無性に「行ったことのない世界」に行きたくなります。たとえば、前に見た漫画とか小説の続きに興味を持ったり、いつも行かないような場所に行ったり…。
でも、これってどうしてだろう?と思っていました。

一つには「現実からの逃避」というものがあります。
今のバイトも、仕事も、正直いいし、やりがいはあるのですが、何故か無性に疲れているのです。そして、自分の位置はなかなか進まず、変わらない現状…そういったところからの回避行動なのではないか、ということです。確かにそういう部分はあります。
でも、それだけではない気もしています。もう、自分にとって「回避行動」に意味はない、ということを感じていますから。
回避行動しても、現状は変わらない。少しでも自分がすべきことをして初めて状況は変わる、ということを知っているからです。

それでは、どうして行えないのだろうか?と言いますと…。
端的に言えばしなければならないことに縛られているからです。…これってどういうことかと言いますと、しなければならないことが多いほど、「自分のしたいこと、楽しいこと」が後回しになってしまうのです。
もちろん、自分のすべきことを果たすことはとても大事なことですし、責任が伴うのでしなければならないのですが、自分の体力の無さ(≒怠惰)のせいで、「すべきことしかできていない」(正確には「短期的に」すべきこと)状態が続いているのです。

数学の研究もしたいし、新しい知見を得ることもしたいことなのですが、それだけではないのです…。
数学だけでなく、自分には「やってて楽しいこと」が必要だな、と。気分転換的な。それに溺れるととんでもないことになりますが…^^;

しなければならないことを後回しにして「したいこと」をしたら悪いのではないか?

という考え方もありましたが、以前お世話になった方から「自分の信仰的に気分が良くない時は、自分の楽しいと思うことをしたらいい」というアドバイスを頂いたことがありました。
それで、以前は絵を描いたのでした。そうしたら、気分が晴れて神様を愛することができました。

調子の悪い時は、何かやってみたら良いです。すべきことでなく、楽しいことから。
そういうわけで、以前から持っていたある構想を実際にやってみることにしました。ひとまず気負いせず、自分がリラックスしてできるように。

ちょこちょこ続けてみようと思います…形になったらここでもお知らせできれば^^;

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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