パワポ使命~裏方の恵みと悟り~


おはようございます、satoです。

今日はSolさんのこちらの記事

センスが必要なパワポの使命@摂理ブログ・Solのユートピアだより

を読んで感じたことを率直に書いていこうと思います。
といいますのも、私自身摂理に来てから最も長く行なっている使命がこの「パワポの使命」なのです。

教会によって異なるところもありますが、私の教会ではパワポ操作をするだけでなく、遠隔地への配信・音響調節・音源再生等々「裏方全般」を行います。
なので、機械設備に詳しかったり、そもそもパソコンに強くないと出来ない結構重要な使命になっています…。
それだけでなく、操作一つで礼拝の雰囲気を左右するものになっています。結構音源操作しながらパワポ操作したり、時には作業したり、と並行作業も多いです。

ところで、私はパワポ操作をしながら賛美しています(笑)
おそらく特殊なのだと思いますが…私の場合、周りが歌っていたら自分も歌わないといけないと感じて歌ってしまう(同調圧力というより雰囲気に流れやすい?)ことがきっかけで、賛美しながらパワポ操作を行なっています。
実は賛美のリズムに合わせて操作するのがある程度無意識でも出来る、むしろ自分が歌ったほうが「パワポを見て歌う」から操作しやすい、ということはあります。
ちなみに、ダンスしながらパワポ操作したことも一度か二度あります(笑)
これはおそらく「多動性」によるものなのかな、と思います。もっとも、賛美に没頭するとさすがに操作出来ないので、80%くらいになってしまいますが…。
その御蔭か、「どこでも賛美が聞こえる」と言われます。(声が大きいし通る&韓国語で歌うというのものある)

この使命を行なった当初は周りのプレッシャーでとても辛い思いをしました。
ちょっと音量が小さかったり、操作が遅れると後ろを睨まれる見られてしまったり、時たまクレーム厳しい指摘を受けることもありました。
また、教会内だけでなく教会外のことも配慮して調節しないといけないときもあるので、ハサミ打ちで苦しい思いをたくさんしました。
一時期自分が清くないから、と使命を降りようとしたこともありました。

だけど、私がここまで続けられたのには、一つには適性があり、自分の位置だったから、というものがあります。
そもそも普通やることが多い・臨機応変さが求められる仕事なので、礼拝に集中したい人はちょっと苦手なこの使命。
私はそこまで礼拝に集中しない苦でないのと、機械操作は好きなので大丈夫でした。賛美歌いますし(笑)

そして、もう一つ大きかったのは、この使命の価値を深く感じたことがあったからです。

後ろにいて、陰ながら支える裏方。
この裏方は単に参加する次元でなく「主人と共に作る」次元で共に出来る使命。礼拝の雰囲気を作り、礼拝を整える、そのような「心情」の使命です。
たとえば、御言葉をより皆が理解しやすいようにパワポを作成する、映像を再生する時、自分自身もまた「どのように神様が伝えたいのか」を考え意識しながら作業しています。そのように、「御言葉を伝える」側の視点で見ることが出来ます。

準備賛美の練習をする時、かつて鄭明析先生が指揮を取って賛美を皆で捧げていたように、神様が導いているような感覚がしたこともありました。
そういう時、本当に恵みを受けました。
余談ですが、このような感覚を受けることは常時ではなかったのですが、ある人が賛美を導くときにはいつもこの感覚が感じられました。

このように、やることはたくさんあり、主日礼拝では落ち着いて出来るとは限らない使命ではありますが、その分前後で受ける恵みはとても大きいです。

あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。-マタイによる福音書6章3-4節

この聖句にあるように、普段は目立たない裏方の使命を、神様は本当にご覧になっています。
その労苦、もがき、時にぶつかる心情の苦痛も。
全てご覧になり、その分報いてくださるのです。

そのような「裏側で働かれる」神様を感じられるのが、この「裏方」の使命の恵みであり、悟りなのです。

ABOUTこの記事をかいた人

「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。