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精神が死んだ私、復活させた神様・”山”編

こんばんは、satoです。

今週の御言葉は「神様と聖霊様に感謝しなさい」という感謝の御言葉です。
ちょうど、神様を愛するために自分は何をすべきかということを考えていたのですが、その時に「感謝が足りない」という直感が働きました。
その時にこの御言葉が宣布されたので衝撃を受けていました。

このように、ここ最近は祈りや感動による悟りが回復しつつあります。
ところが、つい一ヶ月前まで私の精神は死んでいました。希死欲求が浮かび、もう死んだほうがましでないかと思うくらいには精神が疲弊していました。
背景には御言葉を守れないなどの信仰的問題と脳や考えの傾向から来る精神的問題、両面がありました。

今日はそこから救い出してくださった神様の働きを1つ紹介します。

神様の啓示

神様は「啓示」、メッセージを通して私達を導き、悟らせます。
この啓示、というのは自然等による万物啓示や御言葉による啓示、その他感動や幻、様々なものがあります。この辺りは啓示に関する御言葉を聞くと分かります。
ところで、この啓示というのは各個人によって受け方が変わるのですが、特に自分がよく知っているもので啓示されることが多いとのことです。

たとえば、動物に詳しい人なら、動物を通して啓示を与えます。
これは「動物についての性質を知っている」から、それを通して説明すればよく理解できるからです。
このように、専門性が強い人ほど、より個性的なところで啓示が出てきます。

ところで、私の特性の1つは一つのことに興味を持つと、そのことについて異常なまでに情報を深掘りすることです。
いわゆる「研究者タイプ」の特性で、私の場合、その最たるものが数学です。数学のことなら毎日考えられる、というかいつの間にか考えてしまうくらいにまでなりました。
余談ですが、この最悪の調子の中でも数学は手放さず、ネットサーフィンか数学か仕事か、という生活になっていました。

この「好きになると、とことんまでに突っ込む」私の特性も神様はご存知で、神様はこれを通して啓示を与えることもあります。

神様の驚くべき啓示の与え方

その中で、おそらく摂理内でも私くらいなのではないか、というくらい(アウトローな)啓示が

漫画やアニメのキャラクターを通して

出る啓示です。

私は摂理に来る前、数学以上に漫画やらゲームやらにハマっていました。これは周りとのズレによるストレスがあったからなんだと思います。
これがなければ、担任と合わず(体罰も含めた)叱責を受けていた小学生時代、周りから悪口を言われ続けた中学時代を生きては居なかったかもしれません。
そういう意味では、漫画やアニメというのは「私を守るための殻」でもあったのです。
…これは比喩でなく、白昼夢レベルの空想に飛ぶこと、言い換えると「自分の世界に没入すること」で自分の心を実際に守っていました。

その影響か、私が摂理に来て信仰を持ち始めたしばらくは漫画のキャラクターが信仰的なアドバイスをしたり、漫画のキャラクターが共にしている感覚もありました。
特に、あるキャラクターを通して自分の状態を悟らせ、そのキャラが変わることで自分にも影響を与えるなんてことがありました。
ちなみに、その時の私の状態は
・空想に耽っていて、自分がこの世界にいる感覚が沸かない、いわゆる「空想の住人」だった。
・相手のことを愛する気持ちもあるが、踏み込めない。心を開きたいが、怖くて閉じている。

というものです。このキャラはこれに加えて
・やたら「恋」やら「愛」やらが技名に出てくる。

という、当時自分が「神様が愛する対象」ということについて知った私に対するメッセージ性が強かったです。

さて、このキャラクターは誰でしょう?(当てたらすごい)

死んでいた私に対する神様の啓示

このようにしばらくは「キャラクターと共にする空想世界」に浸っていた私ですが、御言葉を聞くにつれ「自己肯定感」の土台が出来、神様を愛せるようになった私の変化に合わせてこういった空想世界への没入は減っていきました。

しかし、依然として漫画やアニメなどへの関心は切れず、時たま「情報を得る」ということはしていました。実際に視聴はしませんでしたが…。
また、特に「ネット依存」もそのまま残っていました。なにもないと一日中ネットを見ていられる。
このことが、仕事での様々なストレス、一人暮らしになって生活が荒れたことと相まって、信仰的な意味での「死」に繋がりました。

相当に精神状態が悪く、今まで見なかった漫画をずっと読むくらいには信仰的に荒れていました。
没入状態によってでないと良心の呵責に耐えきれない、そしてどうしたら良いのか分からない、そんな状態が続いて、おおよそ一年が過ぎました。
この間に何回か夢での啓示があり、一時的には回復したのですが、ある時(北海道で地震が起きた時)それまでの制約が崩れてしまったことで再び不安定に陥りました。

この状態を抜け出すためには、自分自身の「古いもの」を捨てなければならない。
しかし、それを捨てるにはあまりに未練が多い。
そんな葛藤が続いていました。

そんな中、ちょうど一ヶ月ほど前のこと。

私は温泉に入っていました。
サウナに入って、水風呂に入って、サウナに入って、を繰り返すのが私のルーティンですが、これが結構気持ちいいんです。
この状態になると、リラックスできるからか頭が冴えるようになります。
しかし、心は依然苦しいまま。

風呂から上がった時、私の中にある場面とセリフが浮かびました。

「前に進むために、一旦お別れ」

これは、私が精神的に死んでいた状態のときにハマっていた某麻雀漫画の1つの場面です。
対局者の圧倒的な力によって絶望的な状況に追い込まれたこのキャラが、最終局面で、様々な経緯がある思い入れの深い「能力」を捨てて、前を向く瞬間の話で、このことによって最後の最後で一矢報いました。

この「能力」は過去母親からの言葉を守った結果得られたもので、これによって今まで戦えたのですが、その「過去」を「前進するために」お別れした、その決心のシーン。
この状況が「過去の産物を捨てるべき自分自身」と重なりました。
それで、私も「約束」しました。

「私もこの子のように、自分の過去を捨てて前を向こう。そして、私は私の世界で頑張ろう」

と。その「約束」を経て「自分の状況を受け入れる」ことにしました。

その後、次の日くらいに聞いた御言葉によって「自分が死んでいる」ことを深く悟った私は祈り、そこから復活していく流れになりました。
未だ古いものを完全に捨てたとは言えず、時たま戻ることもありますが、「私は私の世界で頑張る」という約束を思い出し、そのたびに力を入れました。
そのおかげで、今現在はこれまで持っていた熱情や想いを取り戻し始めました。

このように漫画に溺れる弱い私を、漫画を通して再び救い出してくださった神様に、感謝します。
そして、それを教えてくれたこの子にも…。

最後に

このキャラクターには実は一つしるしがあるのです。

鄭明析先生がある日の御言葉で

「3月生まれの人で、龍の夢を見たということがどれくらい特別か」

という話をしていたのですが、この話を聞いたとき

・3月生まれ

・龍の夢は見ているかは知らないが、「能力」が龍と関連している

このキャラのことが浮かびました。

 

先程啓示を受けたセリフには

「帰ってこなくても、私は待ってる」

という続きがあります。

今にして思えば。
このセリフは帰ってこれない私に対する、天からのメッセージなのかもしれません。
…神様は「待つ」のでなく「進む」のですが、「私と共に進む」ことを願っています。

それなら、私は「待つ身」ではいられませんよね。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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