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「多動性」は溢れるやる気の証

こんばんは、satoてす。

ADHDという発達障害の特性の一つ「多動性」。多動性とは簡単に言うと「常に何かをしていないといられない」という気質のもので、幼少期には誰しもがあちこち動き回ってドタバタしていたと思いますが、そのことです。
幼少期にドタバタしていたとしても、たいていは小学校までには集団行動ができるようになっていたり、ルールに従って行動をコントロールできるようになるのですが、ADHDの特性がある子は小学校に入っても常に動き回り、止まっていられないくらい落ち着きがない…ということが多いです。
その結果、集団行動を乱してしまったり、時には友達とのトラブルになったり、そういうことが起こりがちです。

こんな感じで「落ち着きがない、動き回っている、待てない…」など目立った形で見える「多動性」も、大人になると落ち着く場合が多いです。また、ADHDの特性を持っている子供の中でも「多動性」が目立たない場合もあります。
しかし、そんな子供でもよくよく見てみると別の形で「多動性」が出てきていることがあります。
たとえば口を開けば話がいつまでも止まらなかったり、時とタイミングを無視して話しだしてしまったり、という「口」の多動性。
また、机に座っている間常に何かを考えていたり、あちこちを見ていたり…という「考え」や「目」の多動性。
これも目には見えませんが、確かに「多動性」の一種です。

私はどちらかと言えばこの「目立たない」多動性だったように思います。
小学生の時に授業中常にギャグを言ったり、常に椅子を動かしていたり、あとは鉛筆とか爪をかじっていたり…。
中学の時は動けない授業中は常にいろいろなことを考えていました。あと、気になる人がいたら授業中でも構わず話しかけていました。ゆえに「私の好きな人」は周りにはもろバレでした(笑)
…今にして思えばよくこれで「人間関係のトラブル」にならなかったなぁ、と思いますが…(笑)
小学校の時は僻地で少人数のクラスだったこともあって、とにかく「目立っていた」とは思います。しかし、幸いなことに(多少人に嫌われることもありましたが)学校でトラブルを起こすことはほぼありませんでした。あ、提出物はかなりなくして起こられていました…(´・ω・`)
そういうわけで、特別問題にはされなかったようです。

今でも、「多動性」は残っています。その一つが「常に何かをしゃべらないと落ち着かない」。
しゃべる、と言いますか「何かを発信する」ということですね。このブログのように「自分の心を表現する、言葉にする」時は非常に落ち着いています。しかし、それ以外の時は常に「話す」か「空想する(≒自分との対話)」をしていないとダメなようです。
また、常に「何かしたい!」という気持ちが強いです。動き回らないと気が済まないとも。
しかし、何かしらの都合で「しようとしていたことがストップ」すると、途端に別のことをしてしまいます。それがたいてい「スマホ」によるネットサーフィンに行き着くわけです。
つまり、私の場合「多動性」から「スマホによるネットサーフィン」が出ているのでした。実際、見ている内容に関してはそこまでこだわりがないんですよね。ただ「ネットをいじっていたい」という感じ。
あと、今でも常に動き回っています。御言葉を聞くときもじっとしていられません。何かをいじるか、体を動かしているように感じます。(そして、何かを書くと、聞いている御言葉の内容が入らない、という(´・ω・`))

ここ最近なぜかネットサーフィンが切れず、いったいどうしてか分析したときに「多動性」という特性から来ていることに気づきました。(途中でネットサーフィンが切れないのは別の要因があるようで、それは「収集癖」かも、と祈っていて気づきました。これについてはまた別の機会に)最近は祈りの時間になるといったん止められるようになりましたが…(´・ω・`)

多動性って、何なのでしょうか?
私は常に何かをやりたい!という意欲が出ているのだと解釈します。言い換えると「溢れるやる気」が多動性という形になって表れていると考えます。
実際、私は(よほど眠くない限り)常に「何かをやりたい!」と意欲は高いのです。
ただ、それを「人にどう思われるか」とか「手元にない」とかでうまく使えないと、別のに流れてしまう、というのが弱点でもあります。たぶん、「多動性」がある人はこういうところがあるのではないでしょうか?

人から、あるいは自分から見たときに問題に思える行動や癖。
しかし、それを突き詰めるとそれが問題でなく「自分の可能性、長所」になることもあります。

神様は<自分の体>も<自分の環境と居場所>も<土地>も、誰が最高に貴重に接して使うのかご覧になります。-摂理の主日礼拝の御言葉「<人間>もどう接し使うかにかかっているし、 <環境>もどう接し使うかにかかっている」より

その自分にある可能性をうまく活用して、最高に使えるようにしていきたいですね!

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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