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すり合わせるべきは「定義」ではなく「公理」

すり合わせるべきは「定義」ではなく「公理」

おはようございます、satoです。

復活後、二度目の更新です。
本日は私が三ヶ月の信仰的不調時に悟ったことの一つを書きたいと思います。
それが本日のタイトルであるすり合わせるべきは「公理」である、ということです。

…これだけだと何を言っているのか分かりませんよね。
そもそも「公理」ってなんだ?という話になります。数学を研究している私にとっては馴染みのある言葉なのですが、普通にはお目にかかりませんからね…。

タイトルの元ネタ

ところで、こちらの言葉は穂実田 凪さんの小説『数学的な彼女の日常』から来ています。
より正確には、次のような言葉になっています。

「デートの定義……?」

「そうです。定義です」

 つまり、『デート』という同じ言葉を使っていても、込める意味が異なれば、そこから擦れ違いが生じる。

 だから、まずはそこから確認をしよう、と。そういうことなのか。

「なるほど。言葉の意味をすり合わせるわけですね」

 だが、Mさんの返答は、俺の想像の範疇を越えていた。

「いえ、違います。すり合わせるべきは、公理です」-「【Y=2】すり合わせるべきは公理です」より

この小説は主人公の「僕」と恋人の「Mさん」が”数学”を介してお互いを理解していく、という数学ラブコメです。
数式は一切出てきませんが、数学のニュアンスを出来る限り平易な言葉で表現していて、数学の研究をしている私はとても楽しんでいました。
時々自分の理解を深める内容もあり、とても楽しかったです。
ちなみに扱っている数学の内容は「公理」「集合論(特に素朴集合論とラッセルのパラドックス)」「関数と線形性」「ゲーデルの不完全性定理(と自己言及)」です。

さて、引用した場面は二人の初デートの場面なのですが、色々あって(気になる方は本編を読んでみてください)「そもそもデートとは?」と疑問に思いMさんが発したのが「すり合わせるべきは、公理」という言葉です。

公理とは

公理、という言葉はユークリッドが書いた「幾何学原論」に(たぶん)最初に出てきます。「点が集まって線になる」とか。
これは議論、論理を進めるに当たって証明不要の”前提”で、「どう考えても疑う余地のない当たり前のこと」を公理としています。
現代の数学で使われている集合も、この「公理」によって「どのようなものが集合なのか」が決められています。
(たとえば、標準的な集合論の理論であるZFCでは「空集合は集合」、「2つの集合を集めたものも集合」などと決められています)

これを日常で表すとどうなるのか、ですが。『数学的な彼女の日常』では先程の続きとして次のように書かれています。

「私たちの公理とは……人生観、恋愛観、仕事観。そういった価値観なのではないでしょうか」-【Y=3】新しい定理が生まれるのですより

これは確かにそうだな、と私は思いました。
私達が行動・思考するにあたって根本となるのが「価値観、認識、思想」ですが、これを「公理」とすれば、先程の言葉は「お互いの価値観をすり合わせる」ということになります。

見るべきは「言葉の意味」でなく「価値観」

私の場合、神様の御言葉がよく分からずあまり入って来なかったことが信仰の不調の原因でした。

例として、私が引っかかったのは「善悪」という言葉です。
知ってのとおり、善悪というのは「良いこと、悪いこと」の意味です。
ところが、御言葉を聞いていると自分が思いもしなかったことを善・悪だと言われることがあります。
そういうとき、「どうしてそれが悪いこと、良いことだと言うのだろう?」と悩み、時々ストレスが出ることもありました。

今まで、こういうときは言葉の意味を考えていたのですが、一連の話を通して「神様の価値観」を知ろう、神様のことをもっと知ろう、と考えたのが大きな転換の一つでした。
このことがきっかけで今まですんなりと入らなかった様々なことが心に入り、信仰の不調を抜け出すことができました。

このように、御言葉で引っ掛かる人はまず「御言葉を話される神様」についてもっと知ろうとすることが大事だなと思いました。

今の場合は信仰の話でしたが、人同士の対話でもこの話は通じると思います。
単語の意味は理解できるけど相手の言っていることがうまく理解できない、心に入らない時は、まず言葉よりも「話す相手」を知ることが大事です。
相手の価値観、思想が分かることで相互理解が深まり、疎通できるようになる…かもしれません。

まとめ

言葉や行いで気になることがあったときには、まずそこでなく「その背景である相手」を知ろう。

 

余談

せっかく話題に出したので、先程の『数学的な彼女の日常』を読みながら思ったことをさらりと書いておきます…。
主に最後の「ゲーデルの不完全性定理」の話についてです。

・自己言及のパラドックスはよくあるけど、それを”自分が無罪である”ことを証明する難しさ、”自分が認識していなかった自分”の話に持ち込んだのは上手いな~と思いました。

・「図書館まるごとセット」って、ゲーデル数を使って形式的命題を自然数に変換して証明していくことを考えるとある意味でかなり良いたとえですね…。

・可能無限と実無限の話はちょっと分からなかったですが、「直観主義」が「構成可能かどうかで真偽を判定する」と考えると、より現実に即していると感じました。この辺りは私も関心があったりします。

・自分の想い、あるいはその人が良いということを証明する方法として
1.そのことと矛盾している事が「実際になかった」ことを示す(「僕」がしたのはこっち)
2.自分がその想いに則した行動をする(Mさんがしたのはこっち)
の2つが作中で出ていたのだけど、このことから感じたのは

「言葉より実践」

でした。
数学では「AがBの無矛盾性を示せる場合、Aの方がBより強い理論である」ことが示せます。
このことを考えると、言葉を百ぺん重ねるより行動するほうが強いんですよね。

・ラストのは私には刺激が強かった…(´・ω:;.:…

・あと、Mさんの「自分の中に矛盾があるとどうしたらいいのか分からない」という感覚には共感しました。私もそういうときあります。

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