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人間の考えの限界~安保法案成立とクルト・ゲーテル~その1

人間の考えの限界~安保法案成立とクルト・ゲーテル~その1

こんにちは、satoです。 今週は色々ありました。

私のプライベートにおいても色々ありましたが、日本国内でも色々なニュースがありました。
その中でも一番大きいと感じているのが、こちら。

安保法案の参議院本会議での採決、そして安保法案の可決(リンクは朝日新聞のニュース)

9/19未明に可決された安保法案。この法案を巡って様々なことが起こりました。
私も以前ブログで安保法案が本当に必要なのかについて書いたことがあります。
が、今回は安保法案の是非とは別の視点から一連の流れを見たいと思います。

様々な要因はありますが、今回の法案可決までに多くの国民からの批判がありました。
国会議事堂前では少なくとも3万人以上が集まって、安保法案に対する反対の声を挙げていました。個人的にはここまで多くの、それも老若男女問わず幅広い年齢層や立場が集まったデモというのはこれまで見たことがありません。
これらは一つの『国民の声』と言えるでしょう。

また、参議院会議でも野党から多くの反対の声が挙がっていました。この反対意見も一つの『国民の声』です。

これら反対の声が多かったにも関わらず安保法案が可決されたことを受けて 「数に任せた強行採決」 「数の暴力」 などという批判が出ています。また、その中には 民主主義の崩壊 といったちょっと過激な言葉も出ていました。

ところで、私は今回のことで『民主主義が崩壊した』ということは感じていません。
それはどうしてか、というと 今回のことも、民主主義のルールに則って成されたからです。
国民の投票によって選ばれた国会議員たち。
「国民の声」を反映した議員たちが会議を開き、綿密な議論の末多数決を持って法案を可決するか決定する。ちゃんと民主主義によって定められたルールに従っていますよね。 (個人的には今回の法案の会議でどこまで建設的な議論がされていたのか…については疑問ありますが)

この話を聞いて でも、今回の流れは民主主義の理念に反する! と思う方もいらっしゃるでしょうし、そうでなくても違和感を感じる人だっているでしょう。
確かに、民主主義の本来の理念は

国民主権、つまり国民が国の主権を持つ

ということです。 そういうことを見ると、今回反対の声が多かった安保法案が可決されたことは国民の声を反映しきれていない結果になり、民主主義の理念には反していると思います。
今回の安保法案の流れを見て私が感じた今までの話を一言でいうと

民主主義の理念を反映させようとしたシステムによって、民主主義の理念に反した結果が成立してしまった

ということになります。 これに関する安倍政権の是非はさておいて、このことを見た時、私は民主主義という考えには限界がある と感じたのです。

人間の「生き方」に目を向ける時代-摂理のユートピアだより

こちらのブログにも書いていますが、民主主義も資本主義も、どれも「人間の理想世界」、もう少し易しい言い方をすると人が苦しむことのない幸せな世界を構築するために作られたものです。

全ての人が幸福を享受できる社会。

社会的な困難が克服された世界。

そういう世界の構築を目的に人間が編み出した、民主主義という考え。しかし、この理念を実現しようとして作られたシステムが今回のような結果を生み出しました。

人間の考えには限界がある。

このことは私には、摂理で伝えられたこの御言葉をまさに現していると感じました。
実は、今回のようなことを70年くらい前に指摘していた数学者がいました。 それがクルト・ゲーテルです。 次回は、このエピソード、そしてゲーテルの数学について書いてみたいと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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