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【摂理人が書く物語】科学と宗教は対立するか?~Bible Story:日よとどまれ~

これは昔、まだみんなが伝道される前のこと…。
とある大学にて。
E「…退屈だなぁ。」
時間を持て余したEくんがベンチでつぶやきました。
彼は大学でもトップクラスの成績を修めるくらい優秀な学生で、将来は科学者の道に行こうとしていました。でも、どこか「自分がしたいこと、自分がどうしてそうするのか?」心の軸がありませんでした。
それで、毎日が同じことの繰り返しのように感じられて、ひたすら退屈していたのです。
と、そこに。
E「…あの二人、何してるんだろう。道でも探しているのかな?」
何やら道に迷っている二人組がいました。どうやら二人は夫婦のよう。
E「ちょうど暇だし…助けてあげようかな。」
退屈しのぎにちょうどいいと思ったのか、はたまた気分転換を、と思ったのか、Eくんは二人組に声をかけることにしました。
E「すいません。何かお困りですか?」
H「あ、あぁ。ちょっと道に迷っていて…ここから講義棟に行きたいんだけど…。」
E「(…講義棟?この人、大学関係の人ではないよね…)
それでしたら…この道をまっすぐに行って突き当たりを右に…」
H「ありがとう。助かったよ。ちょっと人と待ち合わせをしていてね。」
H妻「そうなの。もう時間がなかったの。ちょうどよかったわ!」
E「そうでしたか!それはよかった。」
H「本当にありがとう!助かったよ。」
E「はい。それでは、また。」
二人は講義棟に向かって行きました。
E「仲が良さそうだな…。あんなに笑い合いながら道を行ってる。…いいなぁ。」
そんな二人を見て、微笑むEくん。しかし、しばらくすると。
E「…はぁ。退屈。」
また、退屈な日常に戻るのでした。
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H「ふぅ…。」
H妻「お疲れさま。」
用事が終わり、講義棟から出るH夫妻。彼らは御言葉を人に伝えていたのでした。
H「いやぁ…。なかなか大変だね。人の話を聞かないというか…」
H妻「そうなの。時々自分の話をし出して…でも、いい子でしょ?」
H「うん。うまく御言葉を受け入れて信仰が入ったら、熱く福音を伝えそうだ。」
H妻「そうなの!」
奥さんの方は「そうなの」が口癖のようですね。
H「さて、そろそろ戻ろうか…と、あれ?」
二人が家に戻ろうとすると、そこには先ほど道を教えてくれたEくんが。
E「あぁ、さっきの。」
H「さっきは本当に助かったよ。ありがとう。」
E「いえいえ。…あれ?その手に持っているのは…聖書ですか?」
H妻「あ…そうなの!」
奥さんがうっかり聖書を鞄に入れ忘れて、手に持っているのを見つけたEくん。
E「もしかして…二人はクリスチャンですか?」
H「そうだよ。僕たちは神様を信じているんだ。」
隠しても仕方ないと思ったHさんは堂々と「自分の信仰」を告白します。それを聞いたEさんは
E「へぇ…そんな非科学的なことを信じるんですね。
H「えっ?」
H妻「どういうこと?」
E「いや、だって聖書は科学に矛盾しているじゃないですか?
たとえば「今の宇宙が七日でできた」とあるけど、今の科学で「宇宙は137億年前から作られた」って証明されている。
「人間は神様が作った」と話しているけど、今の科学では「人間は猿から進化した」ということがわかっている。
全世界を埋め尽くすような洪水が起きていないことも科学的に解明している。ほら、こんなに矛盾だらけじゃないですか?」
「聖書は科学に矛盾している」と主張し始めました。これも、退屈しのぎなのでしょう。
もちろん、Eくんは聖書が嫌だという気持ちも聖書を知りたいという気持ちもありませんでした。ただ、「少し退屈がしのげたらいいな」くらいの軽い気持ちだったのでしょう。
ところが、この質問はEくんにとって予想外の展開になります。
H「…博識だね。でも、知ってるかい?
多くの科学者はクリスチャンでもあったんだよ。
万有引力の法則を見つけたニュートンは、その生涯の最後に「聖書」について研究した。
地動説を唱えたガリレオ・ガリレイだって、クリスチャンだ。」
E「え…それは、知ってますよ。
だけど、彼が地動説を唱えた時、それに反対したのは当時のカトリック教会だったじゃないですか。「聖書に矛盾する」といって彼を破門し、処刑した。同じ神様を信じる人ならどうしてこんなことが?」
H「本当に、よく知ってるね。
じゃあ、当時の教会が矛盾するって言ってた聖句は知ってる?」
E「…そこまでは、さすがに。」
H「じゃあ…」
そういって奥さんから聖書を受け取ったHさんは、該当する聖句を開きます。
H「ヨシュア記10章にこう書いてある。」
ヨシュア記10章12-13節
主がアモリびとをイスラエルの人々にわたされた日に、ヨシュアはイスラエルの人々の前で主にむかって言った、
「日よ、ギベオンの上にとどまれ、
月よ、アヤロンの谷にやすらえ」。
民がその敵を撃ち破るまで、
日はとどまり、
月は動かなかった。
これはヤシャルの書にしるされているではないか。日が天の中空にとどまって、急いで没しなかったこと、おおよそ一日であった。
H「もし、地動説が正しいとすると日がとどまった、と書いてある聖句と矛盾する。太陽は元々動いていないからね。」
E「なるほど。それは勉強になりました。
結局聖書は科学に…」
H「ちゃんと科学と聖書は整合するんだ。
E「…え?それはいったい…。」
H「それは…」
そうして、HさんはEくんに「日よとどまれ」の講義を簡単にします。
…え、聞いてみたい?私も、聞いてみたいです(笑)
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E「へぇ…そういうことだったんですね。確かに、それなら納得できます。」
H「さっき「昔の科学者にはクリスチャンが多かった」と話したけど、それがどうしてかわかるかい?」
E「…わかりません。」
H「神様を証するためだよ。
元々彼らはより美しい法則を発見することによって、「このように整合性のある法則があるのは、神様がそのように作られたからだ」と神様の存在を証しようとしたんだ。」
E「…あぁ、だから科学者は「美しく、簡明な法則」を探しているんですね。」
H「そう。しかし、ガリレオと教会の衝突の結果、科学と宗教が分離するようになってしまった。それで、宗教は「現実的でない、空想の産物」と思われてしまい、科学はその目的を失って…倫理から外れて、人を殺すまでになった。」
E「…科学が、人を殺す?」
H「人が科学を使って、殺人兵器を作り出した。原爆だ。
科学を使って、生命倫理を越えて「命を作ろう」としている。クローン技術。
そして、科学によって、生活が便利になった分、人々が何も考えなくても生きられるようになってしまった。そうして、人が「自分らしさ」を失い、生きる価値を失い…「精神が死んでしまっている」。」
E「…」
Hさんの言葉に、心が動くEくん。
「精神が死んでしまっている」、その言葉がまるで…「常に退屈を感じる」自分のようだ…そう感じているようです。
H妻「今の話、科学研究にも当てはまるような気がするわ。
なんのために研究するのか、その目的を失って、その結果、ただ「論文を作る」ことが重視されるようになった。それで、不正が行われたり、人が死ぬまでに…。」
H「そうだね。」
E「…どうしたらいいですか?どうしたら、人は科学を使って「豊かな生活」を送れるんですか?」
H「科学には「神様を証する」という目的があった。だけど、その目的から外れて、科学はその本来の役割を失ってしまった。そういう意味で、科学は死んでしまったんだ。
これと同じように、人間にも生きる目的がある。それを知って生きれば、豊かな、心が生きた生活を送れる。
それは科学ではなく宗教で、聖書でしか知ることができない。
E「…大胆ですね。さすがに科学万能説を唱える訳ではないですが、人が生きる目的が科学で解明できないなんて…」
H「それについては、また話そう。ただ、これだけは覚えておいてほしい。
すべてのことが科学によって解明できているわけではない。今の科学で解明できていないだけで、これから解明されるものもあるかもしれないし、そもそも科学では解明できないものもあるかもしれない。しかし、事実今の科学で説明できないことはたくさんあるんだ。その中には「聖書によって解かれる」ことも多くある。」
E「…わかりました。
よければ、またお話聞かせてください。連絡先を教えます。」
H「わかったよ。」
連絡先を交換したあと、EくんとH夫妻は別れます。その帰り道。
E「人の生きる目的、か…。面白そう。
今まで退屈だったけど、それが解決できるかもしれない…。」
Eくんは、自分の生活が変わる予感に興奮しているようでした。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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