「面白いこと」が好きな私の摂理道


おはようございます、satoです。

明日から北大を含めた国公立大学の試験があります。
この時期になると例年天候が悪くなり、特に北海道では猛吹雪になるという謎のジンクス?があります。

その例に漏れず…試験前日の今朝も猛吹雪でした。
が、私はいつもどおり明け方お祈りスポットに行きました。
それは、神様が待っている、ということもあるし、願いを成したいという思いもありますが、

「これで祈ったらネタになるぞ…」

という理由が大きかったです(笑)もう、ノリノリでした(笑)
今日は寒かったですが、とても深く祈れました。その前に悔い改めをしたことが大きかったのかもしれません。

さて、この出来事を通して私の一つの傾向を思い出しました。
それは私は「面白いことが好き」で、「面白くないと苦痛」なのです。
だから、何をやるにしても「面白い」ことを求めています。面白さを感じないことだと苦痛を感じるし、なかなか行なえません。というか、行おうともしないことが多いです(´・ω・`)

私が面白いと思うことは大きく2つあります。一つはバラエティのような笑い。
テレビでやるようなお笑いが好きで、特に某笑ってはいけないシリーズがツボ(笑)
なんと言いましょうか、くだらないことが本当に好きなのです。そういうことに当たるととても笑ってしまう(笑)
ただ、こういう刺激はあまり持続しないですし、なかなか普通の生活で見られるものではありません。なので、普通に生活していると退屈に感じていたことが、私もありました。
私がしばしばネットを見るのはこの「バラエティのような面白さ」を求めているから、なのかもしれません。

もう一つの面白いこと、「何かを作る」ことです。
特に「構想を受けて、それを実現するためにあれこれ模索する」ことが本当に好きです。
たとえば、摂理の賛美にはチアがついていますが、あれはとても面白い動きをしています。それで、自分もやってみたくて、見よう見まねで踊りをします。そうすると、動きが一つ一つ分かってきて、またその動きができるようになっていきます。これがとても楽しいのです。

また、数学をする時も、何か理解したいことがあって、それを理解するために色々計算していきます。そうすると新しい発見ができるようになり、一つ一つ理解できていきます。これがとっても楽しいのです。だから、数学研究をしてるというのはあります。

このように、「自分の中にやりたいゴールがあって、それを再現するために一つ一つ着々と進めていく」というのがとても楽しいです。
逆に、何のゴールもなくただ繰り返し反復する作業はとても苦痛で苦手です。たとえば、スポーツにおける素振りとかも何かしらのゲーム性があると別ですが、あまり続きません。

今まで私が基礎練習とかが嫌だったのは「自分が怠け者だ」からだと思っていました。
それで苦痛に感じていたこともありました。しかし、これらのものはどちらかと言えば「私の特性」に合っていなかったというだけで、決められたゴールに向かって何かを取り組んだり、ゲーム性があることなら長続きするということが摂理に来て分かりました。
神様も私の特性を分かっているからか、摂理に来てから基本「面白いこと」が多いです。
人の言動もそうですし、スポーツも、御言葉も、面白いところが多いです。時たま変なところで笑ってしまうのはどうなんだろう…と思っているのですが(´・ω・`)
また、私の言動を通して笑いが起こるようにもしてくださいました。私自身もかなり「面白い」キャラとして受け入れられています(笑)私のイメージは「ネタキャラ」です(笑)

摂理を面白い所として作ってくださった神様に感謝します( ´∀`)もし摂理が真面目一辺倒なところだったら息苦しくてきっといられなかったことでしょう…(笑)
神様の愛を成す摂理、楽しく走って行きたいです(`・ω・´)

ABOUTこの記事をかいた人

霊肉ともに生粋の道産子・摂理男子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生、かつ教育系の仕事を色々しています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向。見て聞いて感じたことから深く考え、悟りを得ることが一番好き。祈りと賛美大好き(*´∀`*)グルメ巡りと御言葉を基にした小説作品は私の密かな夢。