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聖地で韓国語賛美を捧げる 中篇

聖地で韓国語賛美を捧げる 中篇

おはようございます、satoです。

聖地で韓国語賛美を捧げる 前篇

の続きの記事になります。今日は2016年に月明洞に滞在したときの経緯です。(同時に摂理人satoの月明洞訪問記2016四日目・前半の続き、つまり後半になります)

作業中、韓国の摂理メンバーとともに賛美を捧げる

摂理人satoの月明洞訪問記2016四日目・前半でも書きましたが、昨年月明洞に滞在した際多くのボランティア作業をする機会がありました。4日目となるこの日も当時未完成だった宴会場の作業ををしていました。
その際に、私は隣にいた韓国の家庭局の方と色々やり取りをしていました。
(言葉は通じませんでしたが…私は韓国語も英語も日本語もあまり得意でない(´・ω:;.:…)
一緒にチュヨー!とか言っていましたが、そのうちに何か賛美を捧げよう!韓国語で歌えるものある?と言われました。
それで、作業を進めながら『自然聖殿』に始まり『私は幸せだ』や当時出たばかりの『勝利した』などを賛美していきました。
幸いなことに、私は多くの賛美を韓国語で捧げていたので色々な曲が歌えました。よく分からなくなったときには近くにいた女性(なんと伴奏をしている人でした!)がリードしてくれました。

私は踊りもできたので、時には踊りで栄光を帰すこともありました。(岩の上だったので、慎重にしつつ)
多くの賛美を捧げられて本当に幸せでした。

一通り賛美を捧げたあと、一緒に歌っていた女性の方から

「ハングル、チョンマルチョアヨ~!」

韓国語で「韓国語とてもうまいですね!」、と言われました。

正直、私の韓国語は特に発音面で拙いところがありましたが、それでも「天を迎えようとして歌っていた」韓国語賛美を天が受け取ってくださった、という一つのしるしでした。
この言葉を聞いた時に、本当に感謝しました。

しかし…

このようなしるしがあったのですが、その後しばらく私は韓国語で賛美を捧げることを控えていました。
それは、韓国語で賛美を捧げるならやはりちゃんと勉強した方がいい、という意見を聞いたことや「ちゃんと意味を分かってから捧げたほうが良いのではないか?」という考えがあったからです。
その後も一人でいるときには韓国語で賛美を捧げていましたが、礼拝中には日本語で捧げるようになりました。
その後、前に出て賛美を導く使命を頂き、日本語でも賛美を覚える必要性が出たこともあり、韓国語と日本語、どちらで捧げたら良いのかをずっと迷っていました。

そのような中で今年月明洞に滞在した時に受けた賛美教育を通して一つの答えをいただきました。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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