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神様を信じる人が願うこと。

神様を信じる人が願うこと。

わたしは一つの事を主に願った、わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを。-詩篇27篇4節

こんばんは、satoです。

今日は一つの聖句から話を進めたいと思います。
上の聖句はダビデが神様を賛美し、祈ったことが記録された「詩篇」の一篇です。
ダビデと言えば、イスラエル民族の王として数多くの敵を打ち破り平和をもたらした人でした。
多くの勝利と富と栄誉を得たダビデ。見えるものに不自由のない彼ですが、そんな彼が神様に願い求めたことが「主の家に住む」ことでした。
別の聖句では…どの聖句か思い出せなかったのですが(;’∀’)
「王となるより、主の宮の門番としていた方がいい」と話していたところもありました。

多くのものを得てなお、「主の宮で共に暮らすこと」を願ったダビデ。
ここに書いていることは、ダビデだけでなくすべての「神様を信じる人」の根本的な願いです。
すべての神様を信じる人は「神様と共に生きること」、「神様の宮で共に暮らすこと」を願っています。それは、創世記から今に至るまで…。
創世記には、神様はエデンの園を作り、そこに人を置いたことが書かれています。

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。-創世記1章27節

「自分のかたち」に作った人間を。
神様がどれほど愛し、共にしたかったのでしょうか。
そのためにエデンの園を作りました。

あなたがたによく言っておく。多くの預言者や義人は、あなたがたの見ていることを見ようと熱心に願ったが、見ることができず、またあなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである。-マタイによる福音書13章17節

これはイエス様が新約の御言葉を伝えていた時に話していたことです。
マタイによる福音書13章は「天国の章」とも呼ばれるほど天国についてのことが書かれています。
天国とは「神様の国」であり、そのことについて知りたいと願っていた旧約の人々はどれくらいいたでしょうか…。

日本人にとって、天国というのは「永遠な幸せのあるところ、苦しみがない良いところ」というくらいの認識だと思います。しかし、その本質…そして神様が信じている人にとって天国とは「神様がいるところ」なのです。
クリスチャンが天国に行くことを願うのも、本質的には「神様と共にしたい」からです。…楽しい、幸せってこともあるでしょうけどね。

そう考えると、私たちが今御言葉を聞いて神様を信じていることってどれほどすごいことなんでしょうか。
私は神様を信じてはいなかったところから摂理に来て御言葉を聞くようになりました。
だから、天国のことも知らなかったし、神様と共にすることを願っていたわけではありませんでした。少なくとも表面上は。
だけど、聖書を読みながら、摂理の御言葉を聞きながら「実は私が願っていたことは聖書と同じだった」と考え始めました。

今週は聖書の歴史を振り返りながら、色々このことを深めていこうと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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