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確認、確認、また確認。

確認、確認、また確認。

こんばんは、satoです。

最近自分の行動のコントロールがうまくできなくなっています。
してはいけないと分かっていてもしてしまったり、時間がないと言っているのに関係のないことをしていたり。
すべきと分かっているけどやりたい気持ちが出てこなかったり。

色々祈ってみるけど、そもそも心の中が混沌としていてうまく祈れない。
そして、祈りたい気持ちも出てこない。

「しるしの週」、一週間過ごしてみてわかったのは

「私が思った以上に御言葉を分かっていなかった」

ということでした。

摂理では御言葉が毎日のように出てきます。明け方、主日、水曜の礼拝に始まり、各イベントごとに御言葉が出てきます。
それゆえ、量が膨大だから御言葉をうまく消化できない、理解できないまま進んでしまうということもあります。
そうならないように、御言葉をまとめたり、何回も読み返したり、どのように行うのかを考えたり、祈ったり…ということを摂理の人はしているのです。

私の場合は、祈りながら「自分がどうして御言葉を聞いているのか」とか「御言葉を聞くのはどうしてなのか」とか命題を一つ立てて、それを軸に整理していきます。
どうも、私の場合は「問題」がないと漠然としてうまくできないので。

御言葉を聞いている理由、御言葉とは何なのか、この時代はどんな時代か、救いとは何か…。

こういった問題を聞きながら、御言葉で解いていって、自分がどうして信仰生活をしているのかを確認し、整理していくのです。
そうすると自分の中で曖昧だったこと、曖昧にしていたことが見えてきて、一つ一つ埋めていって少しずつ信仰の感覚を思い出しています。

やってみると、結構初歩的な信仰の部分が曖昧だったりして、今までこんな状態で良く信仰を持っていたなぁと思うくらいです(´・ω・`)

こう聞くとうまくいってそうですが、たとえば自分が過去こだわっていた部分とかはなかなか直せなかったり、理解しようとする途中でやめてしまったり、気分のむらもあって四苦八苦しています。
でも、それも自分と向き合い、御言葉と向き合う大切なプロセス。
自分がもっと良く変化できるプロセスなのです。

御言葉を自分のものにしたとき、もっと自分が楽に生きられます。神様がもっと共にしやすくなるからです。
だから、もっと御言葉をよく消化できるように、深く問いながら整理と確認をしています。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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