satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

地上のものは虚しい…そう悟ったソロモンの話。

地上のものは虚しい…そう悟ったソロモンの話。

こんばんは、satoです。

ふと感動が来て、聖書を開いてみました。
そうしたら、次の聖句が目に止まりました。

なぜ、あなたがたは、
かてにもならぬもののために金を費し、
飽きることもできぬもののために労するのか。
わたしによく聞き従え。
そうすれば、良い物を食べることができ、
最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。-イザヤ書55章2節

そういえば、ソロモンも似たような話をしていました。

わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。-伝道の書2章1節

ソロモンはイスラエルが統一王国であった時代の最後の王で、富と知識に長けていました。
そんなソロモンが、その財と知識を使って、地上のあらゆることをします。知識を使ってこの世のあらゆることを知り、様々な快楽を楽しみ、奴隷をたくさん買い、自分の家や畑をたくさん買って…。
その結果分かったことは

そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである。-伝道の書2章11節

地上のあらゆるものは虚しい、ということでした。
これって、現在の社会にも通用する話だと思いませんか?
大富豪はたくさんいますが、大半はお金を稼ぐことにもっと苦労し、死の間際に「虚しさを感じる」という話を聞いたことが一回や二回ではありません。中には自殺する人もいるくらいです。
そういう人でなければ、自分自身の哲学、つまり「地上のもの」以上のために生きている人です。そういう人は不思議と虚しさでなく生きがいを感じている、ということが見て取れます。
伝道の書はソロモンが経験したあらゆることを通して、地上の虚しさを悟り、

事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。
-伝道の書12章13節

神様を信じることが人の本分である、ということで締めくくられます。

最初に引いた聖句、イザヤ書55章1節にある「糧にならぬもの、飽きることの出来ないもの」とは地上のものでしょう。
私達も、それを得るためにたくさん苦労しています。
しかし、神様に聞き従うならば、最も良いもので満たしてくださるとあります。
これは、どんなに得ても飽きることがない、もっと得たいと思ってしまうような地上のものでなく、永遠に喜びを得られるものです。
果たして、それはどのようにして得られるのでしょうか?
イザヤ書55章のこの聖句がその答えとなるでしょう。

あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、
主を尋ねよ。
近くおられるうちに呼び求めよ。-イザヤ書55章6節

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

聖書&御言葉カテゴリの最新記事