「天の言語」の記録その2:祈って目を開けると…

おはようございます、satoです。

現在までに多くの万物を通して「天の言語」で対話する経緯がありました。今日はその一つをご紹介します。

明け方の箴言にて

このような箴言がありました。

<万物との対話>は、自分が「万物の立場」になって「そのフィーリング」を話す時、対話になる。万物が人間のように話すのではない。万物の立場を分かって自分が「通訳」することが「万物との対話」だ。
例えば自分が万物にあることをしてあげたら、「万物が感じること」をまるで人間が話すように自分が「表現」してあげればいい。そうすれば万物と一問一答することになる。-2017年8月30日鄭明析先生の明け方の箴言より

このような箴言を聞いて、そういえば私もこのような「万物との対話」が得意だったな、と思い出しました。
たとえば、以前工場バイトをしているとき、ベルトコンベアから流れるスイーツのラベルを貼る仕事をしていましたが、時たまコンベアの合間に引っかかるやつがいて、それを戻していました。
そうしていたら、「ありがとう~」と言われている気がして、段々と子供を見守る親の心情になっていました。スイーツを子供のように対話していたのでした。

お昼のお祈りの時間に

その感覚を思い出して、今日は対話してみようとワクワクしていた私。
お昼のお祈りの時間になり、ひとまず目を閉じていました。ひとまずお祈りをするのですが、私はなかなか集中できずしばしば目を開けてしまいます(^_^;)
それで今日も目を開けたのですが、ふと目の前にメガホンがありました。あの、部活の顧問が使うような感じの。
そこで、私はある直感が来たのですが…それは何でしょう?(笑)

答えは…

「このように、主を応援しないと!」

でした。
ちょうどこの時は(以前に書いたように)仕事で一つ大きくもがいていました。
それで大変な状況でしたが、メガホンを通して私が主に力を与えて差し上げよう!と強い感動が来ました。
そうしたら、自ずと喜びが溢れました。私が喜んでこそ主の力になれるから。特に大変な状況下で喜びを持てば、それを見て主は安心なさるでしょう。

その後の授業はいつもより喜びでできました。
見ていた子供たちも「機嫌がいい」と言ってました。…いつもどんななんだろう私…(´・ω:;.:…

このようにメガホンを通して私の位置を教えてくださった神様に感謝します(^o^)

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。