組織と個人の狭間で…

おはようございます、satoです。

最近仕事をしている中で感じるのは会社で働くと「個人の思い」と「会社の事情」の間で葛藤する事が多いということです。
具体的には、会社で働くなら「会社の売上」を上げることが大事になってきますが、それを重視しすぎて「自分の理念」とぶつかることがある、ということです。
私個人としては「人に何かを薦める」、いわゆる営業職が得意でもないし、好きでもありません。むしろ人に見られたいと思うほど失敗する傾向にあることから、人を惹き付けるというのはあまり得意でないようです。
しかし、時にはそれが必要になることがあり、仕事でそういうことをすることもあります。

私がこういうことをすると、どうもぎこちない、と言いますかなんか無理やり薦めすぎて却って離れてしまう、ということが本当に多かったです。
(これは摂理で伝道する時も同じでした。摂理に来た当初は相当無理矢理にやりすぎて引かれていたことが多かったです…)
こういうことを考えると、私はやはり営業職という位置は向いていないように思います。私が好きではないですし、技術もありませんから…。

また、自分自身が(特に人に対して)「そんなにしっかりしなくてもいいんじゃない?」という緩い性格のためか、人に何かを「やらせる」こともそこまで得意ではありません。ところが、仕事になると誰かに「やらせる」ことが必要になる場合があります。
こういったことをやる場合、大概うまくいっていない…誰かに何かをやらせることができていないという結果になりがちです。

それでは私の得意なことはなにかといえば「語ること」「分かること」「面白くすること」です。
人と接する時も楽しくしようと心がけています。時には叱りますがね…。
こういうことをすることで、「いいなぁ、近くしたいな」と思ってもらえればある意味で「離れる」ことはなくなるわけです。
そう考えると、私は「引っ張るよりむしろ近づく」方が得意と言えるでしょう。

実際、今まで勤めていた場所で人に嫌われるというケースは滅多にありませんでした。
特に仕事柄子供たちに接するわけですが、結果はともかくとして「相手が心を許してくれる」ことが多かったです。
外で出会っても「あ、先生!」って挨拶してくれたりします。
ちなみに、これは摂理内でも同様で…笑

摂理の良いところは「自分の個性に合わせて神様が使ってくださる」ということです。
神様は私が無理に人を引っ張るのでなく、周りの人達を楽しませることで心を楽にさせ、その結果居心地をよくさせるように使ってくださいます。
この個性を仕事でも活かせるように導いてくださっていることに感謝したいなと思います。
それと同時に「いかにして人にやらせるか」もまた考えないといけないところですね…。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。