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賛美したくて仕方なくて思わず外に出た。

賛美したくて仕方なくて思わず外に出た。

おはようございます、satoです。

本日の明け方。

私はお祈りをしに教会に行きました。そして、明け方の御言葉を聞いて教会でお祈りをしました。
ところで、私は明け方後お祈りスポットに行って祈りと賛美を捧げているのですが、前日からちょっと疲れを感じていました。
それで、主と相談しながら「どうしようか…このまま突っ走って体調を思いっきり崩すのは良くないな」と思っていました。
主と相談しながら「主日はちゃんと休んで、礼拝に備えなさい」という感動をいただきました。…いつも主日の明け方後上手く休めずに疲れてしまうのです(´;ω;`)

さて、しかし昨日は明け方の祈り後いつものようにお祈りスポットに行って祈りと賛美を捧げました。
そうしたら、今日はどうしようか…と考え、色々祈るうちに家でお祈りスポットに行った時のようにお祈りを熱く捧げました。
ちょっと眠気が強く、体の疲れを感じていたからでした。ただ、このときずっと心の中はお祈りしたい、という熱い感動が満ちていました。

それで、家で熱く、深く祈りを捧げて賛美をしていたのですが…段々と

「なんか物足りない…やっぱり外で思いっきり感謝の賛美を捧げて栄光を帰したい…」

と強く考えるようになりました。それで、思わず外に出てしまいました。賛美をしに。

そして、いつものお祈りスポットで熱く賛美を捧げてお祈りをまたしました。
やはり熱い感動は消えず、心に喜びが満ちていました。何曲賛美を捧げても物足りないくらい、喜びに満ち溢れていました。
なんかあった眠気は完全に消え、元気になっていました。まるで何時間も休んだあとスッキリ目覚めたかのような爽快感がありました。

聖書には聖霊というものについて書かれています。

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」。
-使徒行伝1章8節

聖霊を受けると様々な御業を成しますが、特に摂理の中で教えられたのは聖霊を受けると行いたくなるというものです。
聖霊は神様の霊であり、その霊を受けると霊の力が湧いて普段の自分ではできないようなことができるようになるのです。

今日の明け方、私は聖霊を受けたのだと思います。
そうでなければ体の疲れが癒されることもなかったし、賛美して栄光を帰したくて外に出ていくことなんてしなかったのですから。
こういう明け方を毎日迎えたい(`・ω・´)

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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