自分を振り返って…続けて喜んで行うためには

おはようございます、satoです。

一月も早10日が過ぎました。
今年は「主のなかで好きで喜んで自ら実践」を目標にしています。教会の人の誕生日にこの間作ったガトーショコラ。これも私が好きで楽しんでやってます。

しかしこれまでの私を少し振り返ってみると、少し苦しんでいる自分がいることに気づきました。その原因が人にやると宣言したことは「何があっても」、「無理矢理にでも」やろうとしてしまう癖にあることに気づきました。
最初は喜んでしていたことでも、だんだん辛くなると「無理矢理にでも」やろうとしてしまって、だんだん苦しくなっていくことが分かりました。

たとえば、少し眠くても「無理矢理明け方を守ろうとする」。
続けてしている条件があったら「無理矢理にでも」守ろうとする。
そうして、だんだんと辛くなっていくのでした。

もちろん、だからといって「やっていたことをやめる」のが正しいわけではありません。
明け方の祈りは神様との愛の時間、私にとっても好きな時間で守りたいものです。
それならどうしたらいいのか?

睡眠も「基本」は寝るけれども、それ以外はいくらでも治められる。少なくても「基本の3~4時間」は寝なければならない。睡眠が増えたら「7~8時間」あるいは「10時間」まで寝るようになる。
どれだけ睡眠を我慢して「基本」だけ寝て、体質を改善して働くかで、その仕事において成功するようになる。-鄭明析先生の明け方の箴言

睡眠を削って行うにしても限界があります。
実際、今の私は相当限界を越えてしまっているところがあります。その辺りを改善してこそ条件を守ることも好きで喜んでできます。
つまり、生活を「条件を守れるように」整えていくのです。そうすれば、条件の時だけでなく生活全体が条件を守ることになるので喜びが持続します。

というわけで、続けて私が自ら喜んで行うために、もっと生活の見直しをしていこうと思います。もちろん「自分が好きで喜んで」。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。