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感謝しようとしたら、自分の矛盾に気づいた話。

感謝しようとしたら、自分の矛盾に気づいた話。

おはようございます、satoです。

今日はずっと限界にぶつかっていた私が感謝しようとしたら矛盾に気づけた話をします。

最近、楽しくない。

ここ最近ずっとフラストレーションが溜まっていたことがありましたが、それは夜にある塾講師のバイトのことでした。

どの塾でも基本そうだと思いますが、授業するときには必ず宿題を課します。宿題をすることで教えたことを定着させることや、予習することで自分の分からないところをはっきりさせることが目的です。

ところが、ここ最近「宿題をしてこない」子が増えてきました。そして、これが自分にとってもフラストレーションが溜まることでした。

というのも、まず私は「人になにかをさせること」があまり好きでありません。知っている人にお願いすることも結構気を遣うのに、まして宿題をやらせるということが至難の技でした。

次に辛かったのは「授業後の報告」でした。授業で宿題をしてこなかった子がいたらもちろん報告するのですが、その雰囲気が苦手でした。むー、とする感じが。それに加えて、宿題をさせるためにどう声掛けしたのか、についても説明しますが、それも辛かったです。それでしてこなかったときに、自分の責任を問われる、と不安だったからです。

こう見るとわかりますが、完全に自己中心的な考えに陥っていました。その事自体は認識していたのですが、そこからうまく抜け出すことができませんでした。

御言葉を聞いて

そんな中、鄭明析先生が伝えられた御言葉を直接映像で見ました。その主題が「感謝のしるし」。

何があっても、何もなくても感謝しよう。私たちは神様にしてもらったことがあまりに多い。だから、私たちには感謝しかすることがない。

そんな話を聞いて、また、実際に嬉しそうに話す鄭明析先生を見ながら、感謝しなきゃ、という思いとそんなこと言われても、という思いで葛藤しました。

が、ひとまず感謝しようとは思いました。

深く突き詰めると

が、なかなか嬉しい気持ちになりませんでした。むしろちょっとした不満が吹き出てきました。

私がやりたいのは、本当にこういうことなのか?もっと生徒に深いことを教えたいのに…。

そんなことを考えているときに、私は大きな矛盾に気づきました。

「そうだ、本当は学ぶことが楽しいはずだ。知らなかったことを知るということは本当に楽しい!

でも、私はいつのまにかテストをやらせ、宿題をやらせることばかり考えていた。形式的なことにこだわって、楽をしようとしていた。

教室長も皆も、誰一人としてそれを止めるようなことはしていない。むしろ、そうしてもいいようにしてくれている。

結局、私がフラストレーションを溜めていたのは、私が楽しようとしていたからだ」

と。そして、「宿題をさせる」のでなく「学ぶことの楽しさを、わかる楽しさを伝えよう!」と目標を新たにしました!

その時、一気に認識が変わり楽しい心が戻りました!

内心もう働きたくない…と思っていたところから復活しました!\(^o^)/

やっぱり、御言葉は違う。

「いつも感謝しなさい」

こういう言葉は色んなところで聞くありふれた言葉です。それでは御言葉は何が違うかというと、、

「何に」感謝するのかを明確に教え

「どうして」感謝すべきなのかを教え

「実際にその心で」話す

そして何より

「それを行ったときに、直ちに変革が起こる」

「自分が完全に変化する」

そういう違いがあります。今日私はその事を体感しました。

だから、私は感謝して今日も御言葉をブログで伝えるのです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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