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自己合理化の起こりやすい「理屈臭い」私の思考回路

自己合理化の起こりやすい「理屈臭い」私の思考回路

こんばんは、satoです。

今週はなかなかに調子が上がらない、もがきの週でした。御言葉を行おうにもなかなか理解できず、精神的にも身体的にもつらい状態が続いていました。
特に今週は非常に人の話に過敏に反応し、苛立ったり血気が出たり、受け入れられないことが多かったです。私の場合それが人の目につくほど出ては来ないので、目立たないのですが…見る人が見たら分かるんですよね(´・ω・`)

で、その原因を振り返ってみました。
そうしたら、ちょうど先週土曜の「スケジュールがうまく合わなくて遅刻してしまった件」の時のことがずっと心に残っていたのです。
そう、あの時遅れます、と連絡したあと「早く来てほしい」と言われた瞬間怒られた!と考え、そのことで人に対して血気が出てしまったのでした。そのことがずっと残っていて、潜在的に血気が出やすくなっていたのだと思います。

私は昔から、間違ったことをするたびに怒られました。親からもよく怒られたし、小学校の教師からも怒鳴られるくらい叱られました。どうしても、その根っこが深いようで、そのことを未だに許しきれていないところがあります。
その影響か、自分が「これ間違っているよな…」ということにとても敏感になりました。そのこと自体はとても良いことで、間違ったことを事前に避けることができるし、摂理に来てから大きな罪を犯さないのもこのセンサーによるところが大きいです。

しかし、問題はそのセンサーを感じてもスルーしてしまうことが多いことです。
たとえば、人が自分の間違いについて話をしてくれている時、「聞かなければならない」と分かっていても心の中で「怒られるのが怖い…」という感情で心が閉じてしまっていることが多いです。
この時も、内心申し訳無さが溜まっていてさらに「怒られるのが怖い…」となってしまって負のスパイラルに陥るんです。

それ以外にも「あれ、これって本当にしていいのかな…」と気づく時は結構多いのですが、そのたびに確認をしたりするより大抵「まぁいいや」とそのままやってしまうことが多いのです。それで失敗して人に何かを言われると「あぁ、分かっていたのに…」という考えと「あの時こうしていたら…」という考えと「それでもこう出来なかったのにはこういう訳が…」という考えが出て、心の中に血気が溜まってしまうわけです。

このように、自分が気づいていてする失敗というのは「分かってしているのだから、怒られる」という考えがより強く働いてしまいます。
そして、怒られる不安から「口悪く罵られる」ことを事前に想起してしまい、その結果本当にその人が怒っているのかを無視して勝手に「怒られた!」と感じて、血気を出してしまうということが調子を崩すパターンになっているのでした。

さて、ここまで私の血気が出るパターンを整理しましたが、ここで問題の核となるのが自己合理化する考え間違いを責める考えです。
昔から「間違えたことを責められる」と感じた出来事がとても多かったので、それに対して「どうにかして怒られている状態から抜け出したい」と思い、「理由があれば怒られないはず」と考えた結果が自己合理化として現れているのかなと思います。
このうち、後者の「間違いを責める考え」は正直過去の経験の影響が強く、直すのに時間が掛かるところです。

一方、前者は私の思考の癖から来るものです。
私は昔から「論理的に考える」というより「理屈臭い、屁理屈」なところがありまして、物事に対して「整合性が取れていないとダメ」、「整合性が取れているなら大丈夫であるはず」という感覚を持っていました。だから、何かしらの理由があってうまく出来なかったことに対して怒られると「理由があるのに怒るのはおかしい」と感じてしまう傾向にあるようです。
しかし、実を言うとその人が怒っているのは「自分がおかしい」と否定をしているのでなく、間違ったことを直してほしいと考えているからです。これは別に自分のことを思って、という慈愛的な意味に限らず、たいていの人は「間違ったこと」で迷惑が掛かるから、それを直してほしくて話しているわけです。もちろん、「迷惑が掛かった」ということで怒る人もいます。
なので、その人に対して謝罪の意を示すのは大事なことです。

私は叱られるときその理由や原因にフォーカスを置いてしまうのですが、実際には行為にフォーカスを置いているのです。
私は物事の「原因」や「思考」を重視しますが、実際には「結果」や「行為」を重視されることが多いのです。
前者は「どうにも出来ない、修正しにくい」ところですが、後者は「修正しやすい、気づきやすい」ところです。
私は「どうにも出来ない」前者を指摘されていると思って、そこを指摘されてもどうしようもないと考え、怒っていた…のかもしれません。

これから人に何かを言われた時は「原因」でなく、過去のことでなく、「今の行為」に対して言われているのだ、と考えるようにします。そうしたら、もっとうまくいくのかもしれません。

こうやって、私の癖を書くことによって解決策を見いだせるのは本当に感謝です。
感情的になっているとうまくいきませんが、お祈りして書き出しながら整理すると私のズレている視点が見えて、対策を見いだせます。こうやって、少しずつ私の思考回路を直していきたいです。

こういう傾向は自閉症スペクトラムの人には結構ありがちなことかもしれません。
ちょっと違和感を感じる人もいるかもしれませんが、もしかしたら他の人の参考になるかもしれないと思い書き残すことにします。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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