satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

なぜ、人の指摘に対して素直になれないのか

なぜ、人の指摘に対して素直になれないのか

おはようございます、satoです。

今日はちょっと長文です。内容はズバリどうして人は素直になれないのかについてです。
自分も長いことこの問題を抱えていましたので、一度整理しながら話してみようと思います。
「人の話を素直に聞けない」ことでお悩みの方も、「人の話を素直に聞かない人がいる」ことで困っている人も、是非読んでみてください。

まえがき

今日、このような記事を読みました。

「でも」ではなくて「はい」@摂理女子Lunaのハッピーフライト♡キリスト教福音宣教会

内容を要約すると、「後輩がLunaさんの指摘に対して自分の意見を主張し、言うことを聞かない」ということでフラストレーションが溜まっていた、という話です。先輩が話すたびに、自分自身が出来ると思って言い返す、そして謝らない。そういう姿を通して、自分たちの神様に対する姿勢はどうであっただろうか…と考える、という結論になります。

ちなみに、これは上の記事でLunaさんが話しているように、「先輩の意見は絶対」という日本的上下関係が良いということを話しているわけではありません。
以下、抜粋します。

日本は、上下関係を大切にし、上司や先輩の意見に無条件聞き従わなければいけない風潮が、中学の体育会系部活の世界からありますが、Lunaは、日本的なそういう風習は好きではありません。
欧米諸国のように、もっと、年齢など関係なく、みんな平等に、意見を活発に交し合って、仲良く、楽しくやればいいと思います。
だから、相手が日本人だから、無条件、Lunaという先輩の意見に聞き従って「すみませんでした」「わかりました」と言え、という話しではありません。
言いたいことがあるなら、言えばいいと思います。

ところで、私はこれを読みながら割とグサグサ刺さっていました(笑)
というのも、私も「何か言われたら、素直になれず自分の主張をしてしまう」ということが多いからです…。
最近だと、バイトで塾長に叱られると言い訳してしまったり、自分がどういう考えで行なったのかを話してしまいます。最後には納得するのですが、どうしても素直になれないところが残っています…。

この後輩さん、

それで仕事ができるならばいいんですが、仕事が致命的なほどに、できない。
できないくせに、自分は仕事ができると勘違いしている。

と書いてありますが、実はこの「仕事ができない」と「意見を聞かない」は結構深い繋がりがあるのです。えぇ、私もそうですから。

というわけで、私見ではありますが、この「人の意見に素直になれない」現象について解説してみようと思います。

素直になれないのは「自信がない」から

いきなり結論から話してしまいますと、この現象の根本的な原因は自分自身に自信が持てないということです。
こういうタイプの人は一見「自信ありそう」に見えますが、実は心の奥底では自分自身の存在に自信が持てていないのです。

人は親や友達の愛を受けて、自分が存在していいという感覚、言い換えると「存在に対する自己肯定感」を得ることが出来ます。ところが、何かしらの理由でうまく受けられなかった場合、この自己肯定感が得られず、常に「自分はここにいて良いのだろうか」「自分はここにいられるのだろうか」と感じてしまいます。
そういう不安に打ち勝つためには、自分と深く向き合い、必要な愛を受けることが肝要ですが、これがなかなかに難しいです。
大人になってしまうと、大抵の人は親から愛を受けることが難しくなりますし、心の通った親友も作りにくいです。

「仕事」に存在意義を…

さて、このような不安を解消するためにどうするか、と言いますと「代わりとなる何かに没頭」します。ギャンブルだったり、ネットだったり、流行語大賞にも選ばれた「インスタ映え」で出てくるInstagramに自分の写真を載せたり、と。
特に多いのは「仕事」によって肯定感を満たそうとする人です。仕事はある意味分かりやすく「結果を出せば褒められる、認められる」ので、褒められたくて仕事に没頭するわけです。こういう人は日本に多い気がします。

これが強くなると自分の存在意義が「仕事が出来ること」になります。そうすると「仕事の出来ない自分」は認め難く、それを指摘されると「自分の存在意義」が揺らぐわけです。
人は不安になると、それを排除しようと攻撃することもあります。その結果が「素直に聞けず(聞かず)、反論する」ということです。
つまり、「仕事ができない”のに”反論する」のでなく、「仕事ができない”から”反論する」なのです。

余談ですが、こうやって「反論する」人って実は反論した後、さらに不安になっていることが多いです。本当にこんなことを言って良いんだろうか…と内心不安が強くなっています。それによって、さらに素直になれない…となるのです。(ソースは私です)

どうしたら、「肯定感」が得られる?

私自身は神様に自分の思いを話し、受け入れられることを通してこの愛を得てきました。
存在に対する自己肯定感を得るためには、無条件の愛、見返りを求めない愛が必要ですが、この愛は神様が与えてくださる愛でもあります。

この愛を与えるのは人間では難しいです。その理由は次の御言葉に書かれています。

いくら<自分の愛>を世の中と異性に全て与えて火のように愛しても、相手は「人間」なので、-環境と状況によって変わり、-また時が過ぎれば年老いるからそれ以上愛することができません。
<不完全な愛>です。-摂理の御言葉『<愛>は「永遠な救い」だ。三位の愛を受け、三位に愛を捧げる人だけが三位と一体になって、永遠だ』

人間は肉体を持っているので環境と状況によって心が変わります。また、年も老いて死んでしまうから難しいです。
これは人間が問題、というより神様が作った人間の限界だと考えられます。

なので、こういった愛は神様から受けるのが一番易しいです。そして、実は既に私たちは神様からの愛を受けています。
私達が今まで生きていること、ご飯を食べられること、寝られること、昔あった良いこと…これら一つ一つが神様の愛なのです。

だけど、人は「何かにつまずいた」ことをどうしても強く残してしまいます。
人から言われた悪口、暴力、人と比べられる等…。
こういったことで挫折し、苦しくなると、結構素直になれなくなります。それは存在意義が揺らいでいるからです。
人は良いこと、嬉しいことより、悪いこと、不安に引っ張られますから。それ自体は「人間が生き延びようとする」本能もありますから、自然といえば自然です。

それではどうしたら良いのでしょうか?

嬉しい、幸せな気持ちを強くする。

まずはこれまでにあった良いことを思い出します。どんな些細なことでも構いません。
日向ぼっこが気持ちよかった。
ご飯が美味しかった。
テストで良い点が取れた。
人に認めてもらえた。
そのような「嬉しい、喜び、幸せ」のエネルギーを貯めます。

どうしても出ない時は

どうしても、このような心が出てこないことがあります。それは自分自身に辛い思いがある時。
そういう時は一度誰かに…人でなくとも、ぬいぐるみでも良いので、その思いを話してみましょう。感情的になるのでなく、聞いてもらえるように話すのがポイントです。そうすると、心がスッキリします。

「嬉しい気持ち」を与える

これがある程度溜まったら…そのエネルギーを使って、誰かに「肯定的な言葉、嬉しい気持ち」を伝えてみましょう!
「ありがとう」とか「あの時は嬉しかった」とか「愛してます」とか、そういう言葉を。
人でなくても構いません。ぬいぐるみでも、アニメのキャラでも、何もなければ何もないところに話してみてください。
それを人が聞いてくれなくても、神様は聞いていますから。

これを繰り返すと、大分自分の心がスムーズになっています。そのように「自分の心に不安をなくす」ことによってもっと自分の本音を話しやすくなります。
辛かった過去、本当の気持ち、全て神様に告げてみてください。そうしたらきっと心はスッキリしますから。

これを繰り返すと、自分の全てを受け止めてもらえる感覚が得られてきます。この状態が「自己肯定感」です。
これを強くすることによって、心の土台が出来てきます。そうなれば、後はその上に人の意見を乗せていけます。

大事なのは自分の土台を作ることです。これは長く時間が掛かりますが、その分最後には安定した生き方を生きられます。
それは「変化のない生活」ではなく「変化があっても揺れない心」です。
それを作るためには、過去にあった躓きを聞いてもらうことによって解消し、嬉しかったことに心を留めて、それを与えていくということの繰り返しです。

「素直になれない」人に出会ったら

ここからは「素直になれない人」が近くにいる人にどのように接するかについてです。

最初に話したとおり、素直になれない人は自分の存在意義に自信が持てていません。
なので、そういう人に対して指摘したり、怒りを持ってしまうと「ますます自信をなくします」。それでもっと強く反論してしまうのです。

さて、以上の心の流れを読んでみて「そういうのに付き合ってられない」と負担に感じる場合は、無理せずにその人と距離をおいたほうが良いです。
そうしないで、無理に接したら自分もストレスが溜まり苦しくなりますから。

Lunaさんのケースみたいに「仕事上どうしても接さないといけない」場合ですが、ひとまず反論に対しては「この人自分が嫌いなのか!?」と悪感情を抱かず、「子供の言い訳」と思って寛大に受け止めてみてください。スルーでも可です。聞いてるふりでもOKです。
(私の面倒を見てくれる先輩はこの「聞くべきことと聞かなくていいことの分別」がとてもうまく、多動性ゆえか色々話してしまう私の言葉をうまく聞きつつ適切な返事をしてくれます。このように、聞かなくて良いことはスルーでも問題ありません)
大事なのは、自分に負担をかけないことです。

どうしても言わなければならない時は強く話しますが、それだけでなく、その人の話(反論でなく、普段の話とか)も聞いてあげてくれると嬉しいです。
そういうふうに「聞いてもらえる」人を信頼してくれるので。

以上は私が感じたことですが、この他にあれば教えてくださると嬉しいです。私もどう接するかについてはちょっと経験不足なので…。
(これはあくまで私自身の「素直に聞けない」人がこうしてもらえたら嬉しいな、という意見です)

大事なのは無理をしないこと、そして「人を変えよう」と焦らないことです。

あとがき

最近、素直になれない人が多くなっているような気もします。
それは昔より複雑になった社会で生きる中、鋭敏な心を持つことで上手く行かなかったこと、自分の気持ちを受け止められなかった経験が多くなっているからなのかなと思います。
そういう人たちに対しても、神様は愛を与えてくださっています。だけど、それを得ることが出来るかは自分次第と思います。

今回のこの記事を書いた理由は、最初に紹介した記事を読みながら、「素直になれない人の心理を知ってほしいな」と思ったからです。
その心理を知ると、見方が変わりますから。
素直になれない人と、その人に接する人。どちらも幸せになれる生き方、社会になることを願って、この文章を終えます。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

日常生活カテゴリの最新記事