satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

摂理に来て、やっとわかった親の愛と神様の愛。

摂理に来て、やっとわかった親の愛と神様の愛。

神様の愛は無限大。親の愛も…。

こんばんは、satoです。

実家に帰った私。今日は親と進路の話をしました。
私はやりたいことを色々話した上で、それが上手く行かない時のプランも話しました。
しかし、そこで親が話したのは、意外なことでした。

「まずは、お前がやりたいことをやりながら稼ぐことを考えろ。
ダメなら、稼げ」

親は、私のやりたいことをやろうとする、私のことを認めてくれていたのでした。
私がずっと『数学研究』をしたい、ということを親は知っていて、陰で応援してくれていたのでした。

もちろん、奨学金のこともあるからしっかり稼ぐことはしなければなりません。しかし、親はそれより『やりたいことをやれ』と話してくれたのです。(同時に「それだけで許される年ではない」とも話していましたが…それはその通りです)

この言葉を聞いて、私は涙しました。

実はずっと…私は『家族と距離を感じていた』のでした。
高校の時から、どうしても、親が「他人」のように感じられていたのです…本当に愚かなことですが。
その一つには、自分が「自分のしたいこと」に夢中になっていたから、ということもあるでしょうし、あとは幼少期の色々な経験もあるでしょう。

摂理に来てからも、なかなか家族のために祈ることが出来ませんでした。というより、むしろ親とはますます距離を置いていたように感じます。
でも、これは摂理の御言葉とは反する状態なんです。
御言葉では

「親や兄弟を大切にしなさい」

ということが書かれています。摂理ブロガーの先輩RIOさんのブログのこちらの記事には

これからみなさん、田舎の親の所に行ったら、ゆっくりして帰ってきてください。
このような行動の塵を取らなければなりません。

1985年9月1日(日)摂理主日礼拝<自分の目の塵を取ろう>

という言葉もあります。鄭明析先生は親に良くしてあげることを望んでいて、また自身も親にとても良くしているのを映像で見ていました。

しかし、私はどうしてもそれが出来ませんでした。自分の存在に対して希薄に感じていたのと同様に、親や兄弟など家族との関係も希薄に感じていたのです。

自分の心の問題にぶつかって、心と向き合う過程で辛かった幼少期のことを思い出して、告白しながらその怒り・孤独感を拭うことがなかなか出来ませんでした。
その告白を神様は覚えてくださって、私に神様の愛をもっと感じられるようにしてくださいました。
そして、少しずつ自分という存在、愛という存在、神様の愛を実体化し、自分に対して自信が持てるようになりました。

また、親がいろいろしてくれたことを思い出して、少しずつ感謝できるようになってきました。
それでも、自分が研究においても経済的にも独立しているとは言いがたい状況、親に対してちょっと後ろめたさもありました。
そんな思いを、親は吹き飛ばしてくれたのです。

私の発達の偏りを幼少期から見つけていた親。
しかし、私を英才教育することなく、普通の人と同じように育ててくれました。もし英才教育を受けていたらもっと数学や英語が出来たかもしれませんが、一方でもっと一人では生きられなかったでしょうし、摂理には居られなかったと思います。(今ですらメンタルが弱いのに…(笑))
そして、私の才能を試し、突破した私を応援してくれていました。

やっと、家族が『私の家族』になりました。

あとは、その思いに応えるだけ。
次に帰る時は、ちゃんと独り立ちした私を見せたいです。

27年掛けて、やっと親の愛を悟れた私でした。
本当に、本当に、感謝します、神様。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

日常生活カテゴリの最新記事