satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

中秋の名月を見ながら思ったことを徒然と。

中秋の名月を見ながら思ったことを徒然と。

おはようございます、satoです。
昨日、自己紹介で久々にサブカル趣味の話をしたので、少しその勢いが残っている今日この頃です。

明日の祈りで少し抜けられると良いんですが…。

さて、本日は中秋の名月。例年月が見られるかは怪しかったりするのですが、今年はきれいな満月を見ることができました。私も先程外に出たらきれいな満月が…。秋の夜風に当たりながら、気分が良くなりました。
実は、今日はあんまり体の調子が良くなく、それでなんか動画に引っ張られて一日を過ごしていたのですごくモダモダしていました(´・ω・`)
が、外の風に当たって、きれいな満月を見て、心と体がほぐれました。

全く関係ないのですが、「月が綺麗ですね」という告白のセリフが夏目漱石由来のものだということはなんとなく知っていましたが、これに対する返し方もあるということを今調べて知りました。
私が読んでいた漫画の中にこれを使って告白した(正確にはお付合いした後に話していた)シーンあったけど、それに対してどうやって返していたのか、割と気になりました。
(定番なのは知らないでヤキモキさせる、というものですが、この漫画は知らないと見せかけて実は知ってたってパターンだったのと、告白シーンがとてもキレイな伏線回収だったので覚えているんですよね)

さて、日本では昨日が秋分の日で祝日でしたが、中国や韓国では今日からチュソク(秋夕)という節句にあたり、この時に里帰りして先祖や家族に感謝しながら過ごす、という文化があります。もっとも、現在の状況でそれができるかは分かりませんが…。

そんな秋夕の明け方、鄭明析先生の御言葉ではこんな話が出ていました。

地球を下さり、自分を下さり、万物を下さり、また生かしてくださった神様。それで農業もし、商売もし、事業もし、生活もし、豊かな秋を迎え、刈り取るようになり、このよい季節まで下さった神様に感謝すべきです。
もちろん、先祖、親への感謝も別途したらいいでしょう、「感謝します」と。でも、分かってみたら、すべて神様が、あのようにこのようにしてくださいました。

この御言葉を聞いた時、個人的にはとても感動したんですよね。
「あ、神様にも感謝するけど、先祖や親にも感謝して良いんだ」って。表現がおかしいんですが、言葉にするとこんな感じです。
確かに、聖書でも

あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。
-出エジプト記20章12節

と書いてあるように、また、他にもいくつかの聖句に出ていますが、親に対して感謝し敬うことを勧めていました。
鄭明析先生が話しているのは、先祖や親にも感謝して良いんだけど、そもそも天地万物を作って生きられるようにしたのは神様だから、神様を忘れてはいけない、まずは神様に感謝しよう、ということなんです。

摂理がカルトだ、と主張する人の中に社会から切り離して、思想を偏らせるというものがありますが、この御言葉を聞いても、鄭明析先生の考えは明らかに「社会から切り離す」とは真逆の考えであることが分かります。
もし社会から切り離すなら「家に帰らずに、摂理に貢献しなさい」とかいう話をするでしょう。しかし、このような話は一度も聞いたことがありません。
また、何より先生が率先して両親や兄弟、近所の方々に良くして、敬っている姿を見せてくださいます。

神様に感謝を捧げ、栄光を帰すことを優先にしつつ、同時に先祖や親を敬い感謝する。

この姿勢一つだけを見ても、摂理の思想がカルトと呼ばれるものから程遠いものである、と私は感じました。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

日常生活カテゴリの最新記事