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常識を疑い、自分の前提を疑う。

常識を疑い、自分の前提を疑う。

こんばんは、satoです。

人は生きていく中で色々なものを見て、聞いて、経験して「学習」するようになります。
それが良いことでも、悪いことでも、脳には分別なく貯蔵されていき、それによって「常識」が出来上がります。

たとえば、「愛とは男女の愛だ」とか「男女の愛が最高だ」という世の中に蔓延している考え。
それを信じる多くの人は「彼女/彼氏が欲しい」と考えます。

あるいは、「男女の付き合いには限界がある」。
男女付き合いで傷を受けた人の中にはこうやって心を閉ざす人もいます。

「自分はできない」、「自分はこういう風には信仰を持てない」…こういったことを学習してしまうこともあります。

でも、「ちょっと待って」ください。
本当にあなたの中にある「常識」は正しいのでしょうか?
もし正しいとしたら、それがどうして正しいとわかるのでしょうか?

「常識」を常識と思って受け入れることは簡単ですが、「常識」から外れた人は必ずいるでしょう。
発達障害を持っている私にとって、一部の「常識」は理解できないことがあります。
そういう時には、私は考えるようにしています。どうして「それが正しい」のか、どうして「そのような発言をしている」のか…。

最近、様々な事件を通して、様々な出来事を通して「自分の中で無理やり飲み込んでいた」常識をもう一度整理する機会を与えてくださっているのを感じます。
それは言い換えると「自分の信仰を今一度見直す」ということです。

「御言葉」に基づいて、自分の中にあるものを再構成する。
いらないものは捨てて、必要なところを補う。
そして、それは「考え」や「空想」だけでなく、「実際の生活」にも適応できます。

最近、私は「すべきこと」をどれくらい「自分のできる範囲」でできるかを考えています。
やっぱり余計なことをしていることが多いな、と感じます。

最近、大学数学の基本である「線形代数」を今一度振り返っているのですが、改めて考えると面白いことが見つかっていいです。たとえば、ベクトル空間とか…。

このように、「自分の考え」を振り返ることで、もっとスッキリする夏を過ごしていきたいと思います・

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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