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仮免試験を通して悟ったこと。その1

仮免試験を通して悟ったこと。その1

こんばんは、satoです。

本日「仮免試験」を受けてきました。
今まで学んできた成果を発揮できれば、実技も学科も合格できる…と言われてきた私。
その自信を持って、また祈りもしながら準備してきました。
本日はそこで悟ったことを書きたいと思います。

新婦ってこうだよね…

まず、結果から言いますと実技の最初の方で落ちました。OTL
それも、今までほとんどミスをしたことがない「クランク」での脱輪…。
この原因と、そこからの悟りは後程書きたいと思います。ここからは試験後の話です。

試験後、呆然としながらロビーに戻った私。
先に書いたように教官からも「いつも通りやればできる」という言葉も受け、神様にも「実力を発揮できるようにお祈りします」と話したのに、この結果とは…。
と、かなり沈んでいました。
脱輪の原因が何なのか、最初のシートの位置とか緊張しすぎたとかそもそもクランクを…とかもっと視認識を…とかいろいろ分析していたのですが、とにかく悲しかったのです。
あまりに「受かる!神様が共にするからできる!受かったも同然だ!」という気持ちだったので、非常に天に対して申し訳ない気持ちが出ていました。
もう何度も「ごめんなさい…」とか「せっかく神様が共にしてくださったのに…」とか「こんなに恥ずかしいことがあるだろうか…」とか、そういうことを口にしていました。
(別に罪を犯したわけでもないというのに…(´・ω・`))

そんな中でも、ロビーには試験を終えた人が次々と来ていました。
それをちらちら見ていた私ですが、ある女性が目に留まりました。その人は先に戻っていた男性(友達か知り合いか彼氏かはよく分かりませんが)のところに来るなり、

「試験ダメだった~」

笑顔で話していました。聞くと私とほぼ同じところで脱輪をしたようです。
その人は私と違って、落ち込むことなくうまく行かなかったことを話していました。男性の方も笑いながら、いい雰囲気でした。

それを見ながら私はこう思いました。

「…そうだよな、恋人ってこんな感じよね」

そう、私と神様は「恋人」の関係なのです。こう摂理で教えていただきました。
それなのに、私はこんな風に自分がうまく行かなかったことを神様に話さず、申し訳ないとか悔しいとか、そういう気持ちを一人で抱え込んでいたのでした。
恋人ならこうやって率直に話すし、神様も叱るとかよりちゃんと対話してくださるはず。

そう思って、その人に合わせて私も率直に神様にうまく行かなかったことを告げました。
そうして、ずっと抱えていた悲しさと悔しさを吐き出しました。泣いて。
そうしたら、前よりも前向きになれたし、落ち着きました。

そして、周りを見ると如何に自分が幸せなのかを悟りました。
周りの人は時間をつぶすため、慰めを受けるためにスマホをいじっていたり、友達と話をします。
しかし、私はそこに知り合いがいなくても、スマホがなくても、24時間いつでも対話できる天にすべてを話すことができるのです。対話で慰めも受け、もっと先に進むことができるのです。
これがどれほど幸せなことなのかを、しみじみと悟りました。

ちょうど明け方にスマホを充電し忘れたことで手元にスマホがなかったのですが、これも天の計らいでした。もしスマホを持っていたら何か見ていたかもしれません…。

正直「ごめんなさい」とか「天の前に恥ずかしい…」と思うことはあっても、それが過度になりすぎることは神様の望みではありません。
先ほども書いたように、「天と私は新郎新婦、恋人関係」なんです。だから、率直に失敗したことを告げればいいのです。申し訳ないと考えずに…。

この失敗と、一人の女性の姿を通して「恋人」とはどういう関係なのか、どのようにすればいいのか、これが如何に幸せなことなのかを学びました。
この感覚を大切にしていきたいです。

クランク脱輪の原因と悟り

さて、ここまでも長かったのですが、ここからは脱輪の話。
色々背景はありますが、核心はちゃんと分かっていなかったことでした。

以前にも書きましたが、私は初めてS字クランクを曲がった時点でかなりうまくできていました。というより「できてしまいました」。
しかし、これは御言葉を聞いて考えが深くなり「霊的感覚がかなり研ぎ澄まされていた」状態でのことで、正直言いますと自分の実力とはなっていない気がしていました。
その後もS字やクランクは脱輪なくできていたのですが、逆に「どうしてできているのか」はよく分かっていませんでした。
どう曲がればうまく行くのか、どの位置に車があればいいのかまではきちんと「理解」できていませんでした。
その状態のままでも「いつも通りやれば」できたかもしれませんが、「いつもと違うこと」が起こってしまい脱輪という結果になりました。

これと対照的だったのが「確認」でした。
こっちは決めごとという言葉になっているものを把握し、きちんとどこで合図を出し、確認をすればいいのかを頭の中に刻み、実際に行うことで確認のタイミングを理解していました。
だから、いつもと違うことが起きてもちゃんとできていたのです…たぶん。(試験官に聞いても、短すぎて何もないとのコメントなので、問題がなかったとも取れます)

このことを通して「日々できていることだとしても、ちゃんと分かってできていないとできていることにならない」ということを悟りました。
生活の中でできている、うまく行なっているつもりでも、ちゃんと「自分がどうしてできたのか」を悟り体感できていないと、いつもと違うことが起きたときに崩れてしまいます。
最近も長年できていたと思っていたことからずっと信仰の調子を崩していたのですが、必死の祈りの結果何が問題なのかを悟り、実際に分かって悔い改めた結果、前よりしっかりと「理解して」できるようになりました。
このようなことが生活の中でないか、もっと確認して直していきたいと思いました。

ところで、摂理の御言葉で…

みんな「私は直すところがない」と言わずに、祈って確認し、夢で確認して、<実相>を確認しなければなりません。
そして<自分の思考と考え>を完全にしなければなりません。-鄭明析先生の主日礼拝の御言葉『成功と勝利をするためには 速くやることだ。直すことだ。たくさんやることだ。』より

という言葉が出ていました。このことを聞いて、私も「直すところがない」という考えが危険だな、ということは頭の中にありました。
もっと言うと、試験前もS字クランクに自信があった分「もしかしたらクランクがまずいかも…」という考えはありました。
しかし…どうやっても、失敗するイメージが浮かばず、何を直せばいいのかも分かりませんでした。
これもよく分かっていなかったからではありますが、このようにいくら御言葉を記憶し、生活の中に浮かんでもそこで「深く考えず神様に尋ねなければ」どうしようもないのです。
神様はあくまで「自分の考えの次元」でしか働きかけることができません。いくら感動を与えても私がそれを認識できないからです。
だから、御言葉があるのですが…御言葉が思い浮かんだときは「神様、こう話していましたがどういうことでしょうか?」と尋ねなければいけないですね。

最後に、私に起こった「いつもと違うこと」ですが…。
私は自分の試験の時かなり緊張してしまいました。まぁ、誰しもが緊張しますが…。
そのためか、私はシートの位置をいつもより低くしてしまいました。その結果、いつもよりブレーキの位置が遠くなってしまいました。
このミスは前にもしたことがありますが、まさかの本番でこのミスをするとは…(´・ω・`)

そして、この「いつもと違う感覚」によって、緊張と相まってパニックに陥ってしまいました。
普通の人でもいつもと違う状態でやるのは大変なのに、「突然のことにパニックになりがち」な私の自閉特性だとさらに…(´・ω・`)
この結果、いつもならわかるような細かい位置情報が完全に把握できず、その結果「クランクに突入したとき、いつもより内側だった」ことに気づかず、「いつも通り」曲がって脱輪したのでした。
私の場合は「突入時に外側に入る」ように教えられていたのですが、それができなかったのにいつも通りやってしまい見事に失敗したのです。
その前も失敗こそなかったのですが、「車がどの位置にあるのか」は把握できていませんでした。ただ教えられた通り「視認」で合わせていたのでミスしなかったのです。

要するに私がクランクで分かっていなかったのは「クランクの時(特に突入時)の位置をどのように視認するか」でした。
なので、次までにここを補強したいと思います。

最後に

見える結果としては散々だった仮免試験一回目でしたが、信仰的には「神様との恋人関係」や「生活の中で分かっていないけどできていることの再点検」など、得るものが非常に多かったです。
このように、肉的には失敗だったとしても、霊的に得るものがあったならば「信仰においては成功」なのです。
摂理の御言葉で転んでも、転んだところで穴を掘りなさいという話がありますが、つまり「失敗したとしても、そこで落胆せずむしろチャンスに変えよ」ということです。
今回の仮免試験はそのような信仰を見つめ直す機会になりました。失敗を成功に変えてくださる神様に感謝します。

とはいえ。
仮免試験はやはり受かった方がいいです。
なので、今後受けようとする方は私の例を参考にしていただければと思います…(´・ω・`)
ちなみに、今回の試験では私の後に乗った二人も落ちていました…さらに言うと、先ほど出てきた女性は私の後に乗った人でした。私の失敗で何か意識してしまったのなら本当に申し訳ない…

私も、「二回目」はばっちり合格できるように頑張ります。
「その2」ではしっかり合格しました、という報告ができるように最善を尽くします…(´・ω・`)
(タイトルが「その1」だったのは、2回目があるから…つまり仮免に落ちたからなのでした。おあとがよろしいようで)

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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