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「迷い」が生む困難と苦痛。

「迷い」が生む困難と苦痛。

こんばんは、satoです。

唐突ですが、私は「迷う」ことがよくあります。
「迷う」と言っても、道に迷うとかそういうことではありません。(全く迷わないわけではないが…)
そうではなくて「判断に迷って、行動するのが遅くなる」ということがとても多いのです。いわゆる「優柔不断」というやつです(´・ω・`)
これでも、昔よりは良くなったのですが…。

たとえば、昔は「コンビニで昼食を何にするか」をなかなか決められませんでした。
野菜を食べた方がいいことは分かっている。でも、お肉も食べたい。
うーん、こっちか…いやいや、こっちが…
で、数分は悩んでいました。

バイトを決めるときも「何にしたらいいのか」をいつも迷って、迷っているうちに他のことに注意が逸れて(つまり、後回しにして)そのまま次の日になり…ということがほとんどでした。
大抵、人に言われてようやく決める、という感じでした。
どうも、「いつ決めればいいのか」が曖昧になり、それで流れてしまっていたようです。

私の中でやりたいことがあったとしても、初めてのことに対してはなかなか取り掛かれません。腰が重すぎなのです…(´・ω・`)
実は、現在でも私の中でやりたいこととやらないといけないことがあって、やろうやろうと思っているのですが行えず…。

おそらくですが、その原因は「優先順位がはっきりしてない」ことと「やりたいことを優先させてしまう」という傾向にあるのだと思います。
後者はADHDにありがちなことで、「やりたい」と思ったことはどうしてもやらないと気が済まない…なんてことが多いんです。
そして、優先順位。私の場合自分のことに関する行為より「人に直接迷惑をかける、責任がかかっている」ことの方を優先する癖が強いのですが、このためにたとえば「勉強」などの「自分のためにしなければならないこと」を優先していいのか、どうしてもわからなくなるのです。
要するに「人に迷惑をかける、叱られる」恐れのあることから優先的に行うのです。言い換えると「怒られない」場合は優先順位が下がっていたのです。

一つ基準があれば、あっさり決められる私。最近は「コンビニの昼食」もあまり迷わなくなりました。
だからこそ、優先順位をつける必要があったのです。
だけど、私の「自分のこと」についての優先順位の低さは修正しなければなりません…。
自分がより良く生きるためにすべきこと。
ここの順位をもっと引き上げなければならないのです。これは、かつての「自分のことに対する無関心」から来るものです。

このことを考えると、今まで私は「人から叱られることを回避する」ことを最優先にしていた人生だったんだな、と気づきました。
人からの信頼を失うことを極度に恐れる私。もしかしたら、「人に依存する」自分がいたのかもしれません。
人に認められないと生きられない、と考えていた私。人に頼ることで生きてきた私。
もう、私の足で立ち、歩かなければならないのに、色々言い訳して逃げてきた私…。

もう、私は立てる。独り立ちできる。
だけど、人に頼る方が楽だから…なんて甘い考えがどこかにあったのかもしれません。
私は、私が持っている能力とこれまで大学に来て培ってきたものを活かして、社会で活躍…とまではいかなくても、社会でも生きられる道をもっと積極的に模索したいです。

ということで、この軸を持って一つ一つのことを整理してみようと思いました。
今日もブログを通して自分のことを振り返られることに感謝します。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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