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摂理人が見た風景:カルトンの上に立てられたお釣り、そこに込められた想い。

摂理人が見た風景:カルトンの上に立てられたお釣り、そこに込められた想い。

こんばんは、satoです。
皆さんはカルトンって聞いたことありますか?
「カルト的人気のある豚?」
「それはカル豚やっ!」
なんか、漫才が聞こえましたが(笑)
実は皆さんも見たことがあるものなんです!

どーん。
…「あぁーっ!」って思った人、手を挙げてー(笑)
そう、お金を支払うところに置いてある小皿です。時々、つぶつぶが底に敷かれているものもあります。というか、それが普通か?私はそれしか見たことがないので…。
さて、皆さんの雑学知識がまたひとつ増えたところで(笑)本題に入ります。
ここ最近、私は整骨院に通ってます。しばらく前に「ももの外側が突然痛くなる」という症状を見てもらって以降、治療のために継続して通っていました。
さて、ある時治療を終えて、お金を支払うと…。
お釣りが入ったカルトンに…立てられた愛の塔小銭が。どうやら底のつぶつぶにうまく挟んで立てている様子。
立てるのが難しい小銭を立てるなんて…まるで「大きな岩を立てて作られた月明洞の野心作」ではないか!
そんなことを今書いてて思いました。
最初これを見た私は軽く驚くと同時に、「面白っ!」と思いました。私はこういう「面白いこと」を見るのもするのも好きなんです(笑)
それで「この人もイタズラ好きなのかな?(笑)」と思って、「面白いことしてますね。お釣りを立てるなんて!」と声を掛けました。ところが、帰ってきた反応は予想外のものでした。
「satoさん、優しいですね。」
え?
私は好奇心で声掛けたのに、優しいとは??
話を聞くと、ずっと「カルトンの上でお釣りの小銭を立てる」ことをしていたのですが、この事について話したのは私が初めて。大抵の人は「なにも気付かずに取っていく」、中には「わざわざ倒してから取る」という人もいたそうな…。
こうやって、素直に反応したことに喜んでいたのでしょう。
さらに見てみると、お釣りを出すとき、立てることに「心を込めている」のが感じられました。少しでもお釣りを取りやすいようにしようという配慮と真心があったのでした。決して、奇特なことが好きなわけではありませんでした。
それから、私はこの些細な気配りに感謝してお釣りをもらっています。
こんな風に、いつも見ている風景だとしても、よくよく見てみるとそこに「愛」があります。でも、大抵の人はスルーしてしまいます。自分のことで忙しくて、他のことを考えていて。
神様の愛も、これと同じ。神様は万物一つ一つに愛と真心を込めました。「人間がもっと喜んで生きられるように」と。
しかし、私たちはその事を考えていなくて…見逃しちゃうのです。
日常にこっそり散りばめられている真心の宝物。些細な日常にある喜びをもっと大切にしていきたいな、って改めて思いました。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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