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摂理と確認。

摂理と確認。

おはようございます、satoです。
すいません、昨日は更新できませんでした…。夜にしようと思ったのですが、疲れから爆睡…(ーー;)
ですが、そのおかげで「やはり無茶してはいけない。これからはちゃんと朝と夜の早い時間帯に書こう」と確認できました。これからはそのペースでやっていこうと思います。
さて、鄭明析先生の主日の御言葉、今週は「確認して行ないなさい」です。
確認。これが大切なのは世の中でも良く知られていることです。しかし、いまさらなぜ「確認して行ないなさい」なのか?その深い心情は…御言葉を読むと良くわかります。
一言でいうならば…「今まで御子から助けてあげれたけど、もう時間がないから一人でもできるように命じられた」御言葉なのです。詳しくは出会いと対話からチェック!
http://god21.net/Godworld/Sermon/Summary/View/28903
そんな「確認して行ないなさい」という御言葉。先生は「確認のネックレスを付け生活しなさい」、「神様の権勢の杖を受け取り、使いなさい」とおっしゃるくらいとっても、とっても強調されました。それは、そのようにすることで命が守られ、損失がなく、得たものを奪われず、御子と喜びの生活を成せるからです。
そんな体験を早速昨日したので、今日はこれについて証します。
それはスポーツ→お風呂が終わって一人帰り道を歩いていた時のこと。
私はふだん「信号が赤でも周りに車がいないのを確認したら渡る」ということをしていました。(…良い子と良い新婦は真似しないでね。)逆に言えば「青だとしても確認はする」のです。「車が来たら轢かれてしまう」から。そのときも左右から車が来ていないことを確認して、横断歩道を渡りました。
しかし、道路の中央帯で一度止まり(自分が道路を渡るとき、車が来ていないかを常に確認しながら渡ってるなぁと考えながら)一度車が来ていないか確認したところ、タクシーが来ていました。…それもかなりの速度で。
横断歩道の信号は青になりましたが、車の速さを計算してどうなるか確認したところ、タクシーは横断歩道にぶつかるか否かというところで止まりました。
もし御言葉のように「青であることだけを信じて」渡っていたなら、本当に轢かれていたかもしれません。
こうして主がいつも命を守って下さるのだなと感謝しながら、もっと周りに気を付けようと思った今日この頃です。
このように私を御言葉で守ってくださることに感謝して。
(…ちなみに先生は「一日三回この言葉を叫びなさい!」ともおっしゃったのです。だから、今日は三回「確認して行いなさい」を入れています(笑))

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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