私の教会の牧師さんを通して気づいた鄭明析先生の姿

おはようございます、satoです。
今日は私の話ではなく、私の教会の牧師さんのお話です。

今年に入って私の色々抱えているものを牧師さんに相談するようになり、実際段々と心の状態とか信仰生活が良くなっているのを感じています。ところで、そもそもなぜ牧師さんに相談しようと思ったかというと、うちの牧師さんになら何を話しても大丈夫そう、という信頼感があったからでした。

実は、この相談をする以前から結構ディープな相談…結構なやらかしの報告を牧師さんにはしていました。
私は悪いことがあったら報告するのにとても時間がかかるし、そういうのを避けようとしてしまっていたのですが、最終的には言わないと苦しくなるので割と言ってます。
普通に考えると「何やってんの…?」とドン引きされるか、叱られるか、見捨てられるか、のどれかの反応になりそうですが、牧師さんはいつも「よく言ってくれたね」と言ってくれ、どんなに酷い話でもちゃんと聞いて受け止めてくださいました。それで、心が楽になりまた信仰生活をする力が出てくるようになりました。

そういうわけで、この方なら何を話しても大丈夫そうだ…という感覚はありました。

それで、どうしても状態が良くならなかったので、結構一か八かだったのですが「もっと頼ろう」と思って今回の相談に至るのでした。

ところで、この牧師さんは色々な話を聞いて受け止めてくださる方で、基本的に私の好きなことに対して否定されるということはありませんでした。結構オタクの話(五等分の花嫁の話とか最近見たメディアの話とか)をしていますが、本当にちゃんと聞いてくださるし、「それはちょっと…」と否定されることはありませんでした。

それどころか、ただ話を聞くだけでなく、関心のあることに対してちゃんと知ろうとしてくださいます。
自分がこのことを知ったのはつい最近のことでした。

私が今年の夏に公開された「五等分の花嫁∽」を映画館で見た、という話は以前にもしたと思います。
この際にも最初は「映画を見るのはどうなんだろうか…」と迷っていたのですが、思い切って相談した結果観て良さそうということになり、色々な葛藤ともがきの末、祈り通りに得た特典と、本当に見たかったエピソードを見れた感激と、神様の心情を感じるとても最高の時間になったのですが。
実は、その後この牧師さんも映画を見てみようかな…という話をしていました。

その理由は、多くの人が五等分の花嫁のようなアニメを好きになっているわけですが、「そういう作品が好きな人がどこを好きになっているのか知りたい」と思ったからなのだそうです。
私個人としては、キャラそれぞれの魅力と生きているかのような感覚に惹かれてハマっているわけですが、そういうところをちゃんと知りたいと話していました。

それで、私自身ももう一回見たいなぁと考えていたので、一緒に観に行けたらと思いましたが…残念ながら予定が合わず、結局牧師さん一人で見ることになりました。
観た後、私に「この作品のどのあたりが面白い?」と純粋に興味を持って質問してくださり、私がたくさん説明をさせていただきました。が、正直口下手(感じていることをうまく言語化できなかった)でうまく説明できなかった…と思っています。
ちなみに、牧師さんは三玖が一番良かった、と言っていました。一途で真っ直ぐなところが良かったそうです。アーメン

ちなみに、アイキャッチの写真は牧師さんが観た際にもらった特典(2週目特典:EDイラストうちわ!)で、私が好きなのを知って譲ってくださいました!!改めてありがとうございます!!イラスト本当に良い!!

このように、私が観ているものについてもちゃんと話を聞いて、関心を持ってくださる牧師さんですが、この姿勢は鄭明析先生も同じです。
鄭明析先生も、最近の若い人たちが何に関心を持っているのかを気にしてくださり、教会に通っている高校生がより御言葉に御言葉に近くしやすいようにゲームの演出を取り込んでみたり、いつの間にかスマホを使えるようになったり…とどんどん新しいものを取り込んでいます。
それは、私たち一人一人が今どのようなことに関心を持っているのかちゃんと知ろうとしてくださり、理解してくださろうとする姿です。
私が常に心掛けている御言葉の一つが「子供を一人の人間と思って接しなさい」なのですが、鄭明析先生はまさにこの言葉通り…子供たちも大人のように一人前として扱ってくださり、大人と同じ御言葉をくださいますし、ちゃんと意見を聞いてくださいます。一方で、ちゃんと体力のなさとかじっとしてられないところも分かってくださり、子供たちが楽しめるように用意もしてくださいます。

このように、一人一人をちゃんと見ながら導いてくださる鄭明析先生。その姿はまさに神様が私たち一人一人を育て守り、保護してくださるようです。
ちょうどピッタリの聖句があったので、これを紹介してこの記事の締めとしたいと思います。

34:11主なる神はこう言われる、見よ、わたしは、わたしみずからわが羊を尋ねて、これを捜し出す。 34:12牧者がその羊の散り去った時、その羊の群れを捜し出すように、わたしはわが羊を捜し出し、雲と暗やみの日に散った、すべての所からこれを救う。 34:13わたしは彼らをもろもろの民の中から導き出し、もろもろの国から集めて、彼らの国に携え入れ、イスラエルの山の上、泉のほとり、また国のうちの人の住むすべての所でこれを養う。 34:14わたしは良き牧場で彼らを養う。その牧場はイスラエルの高い山にあり、その所で彼らは良い羊のおりに伏し、イスラエルの山々の上で肥えた牧場で草を食う。 34:15わたしはみずからわが羊を飼い、これを伏させると主なる神は言われる。 34:16わたしは、うせたものを尋ね、迷い出たものを引き返し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くし、肥えたものと強いものとは、これを監督する。わたしは公平をもって彼らを養う。

口語訳聖書 エゼキエル書34章11−16節。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。