神様からもらった一番大きなもの

おはようございます、satoです。
本日は水曜、夜に礼拝を捧げましたが、その時の御言葉の中でこのような話が出ていました。

神様からもらったものがたくさんあります。
今くださいとばかり言わないで、もらったもののことを考え、記録し、他の人が見れるようにしなさい。

私はこの話を聞いた時、衝撃を受けました。
なぜなら、まさに2日前聖霊の感動に従って三玖フィギュアとイラストボードを得て、それを経緯とともに記録していたからでした。まさかの御言葉通り…_:(´ཀ`」 ∠):

このように、私自身がこれまで神様がもらったものは多くあります。しかし、私自身もっと深く考えないと忘れてしまいます。だから、記録が大事だなと思いました。
そこで、私が摂理に来てから与えられたもっとも大きなものって何だろう…と考えました。それは…

神様のことを知り、信頼できるようになった御言葉と、そのように変化した自分自身

だなと思いました。

私が摂理に来る前は神様の存在もなんとなくしか分からず、そもそも「神様は法則そのもの」「全知全能な存在は意志を持たない」という考えでした。
おそらく涼宮ハルヒシリーズとか、他の作品とかから「大きな能力ほど条件が強い」「全知全能レベルの能力は人が持つのは危険だから、無自覚無意識でしか発現できない」という推察をしたわけです。
しかし、聖書を聞いて全知全能な神様が存在する、ということを知るようになりました。それも、神様という存在がいる、というだけでなく、神様がどのようなことを考え、どのように私たちに働きかけてくださるのか、これを丁寧に教えてくださいました。
祈りによって神様と通じ、神様に願い求めることができることを知りました。

初めは自分自身が抱えている問題そのものもよく分からないまま信仰生活をしていたのですが、だんだんと自分の心を打ち明けるようになりました。自分の根本的な悩みに始まり、自分の失敗、本音…。
ネガティブなことをよく話すようになりましたが、最近はそれだけでなく自分の好きなこと、これが欲しいなという気持ち、嬉しいことについても少しずつ話せるようになりました。だんだんと神様のことを信頼し、近くできるようになってきました。
これまで頭の中でただ理論的に神様を信じて、神様がいるんだと考えていただけでしたが、本当に最近神様がいるということを感じ、神様の中で生きている生活をできているような感じがします。

長らく教会に通っている私ですが、ようやくちゃんと信仰生活をし始めているような、そんな感覚です。

そもそも神様の存在を知らず、ただ空想上の物語のようにしか考えていない、そんな日本の中で神様のことを知り、信じて生きていることが本当に奇跡だと思います。
うまく言葉にできないのですが、本当に感謝するしかありません。

神様のことを教えてくださり、聖書のことを深く教えてくださった鄭明析先生に心から感謝します。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。