おはようございます、satoです。
前日一日かけて解けなかった問題が、明け方の祈りで方針を受けて行なったら出来た。
今まであんなに難しいと思っていた問題だったのに、分かってみると意外と複雑でなくシンプルな結果ということが判明
(その結果が面白いかはともかくとして…(´・ω・`)この出来たことを参考にさらに別の例で計算しているところです。面白いことが見つかるかどうかは分かりませんが、ひとまずやってみたいと思います(/・ω・)/)
…摂理で信仰を守りながら研究してみるとこういうことが多いです。
やってみる前はあんなに難しいと思っていたのですが、いざやってみると意外なところで「昔やったこと」とつながっていてあっさり解けてしまう…。でも、それが良いんです。
その方が聖三位の働きを感じられるから。そして気づいたら…
研究が、思ったより進んでいる…!
とビックリするような変化が見られるのです。
これは研究に限らず、自分の生活面でも、仕事面でもしばしば起こります。
ちょうど、摂理の聖地・月明洞にある百日紅の経緯と重なっています。
この百日紅、元々は「岩の上」に生えていて、花の美しさを見て自分の物にしようとした多くの人が掘り出すのを諦めたという代物です。しかし、これを鄭明析先生は月明洞に持って行ったのです。どうやって持って行ったのか…それは上のリンクの記事を読んでみてください(笑)
このような感じで、摂理の信仰生活の中で、鄭明析先生の実践と重なるところがあると一層御言葉の深さといいますか、楽しさが見えてくるのです(^o^)
自分ではどうしようもないと思っていたことでも、逆に出来ると思っていることでも「ひとまずは天に委ねて、力を抜いて」行なってみる。
このことは本当に大事だ、と別のことで改めて実感しました。
私は「自分でなんとかなる」と思っていた、あることについて「自分ではコントロール出来ない」ということを痛感させられました。
しかし、この時に「もう、私にはどうしようも出来ません。神様の力でなければ出来ません。助けてください」とお祈りして、委ねたところ、不調だったところから一気に回復できました。神様の愛をとても深く感じ、深く祈れるようになりました。
これもまた「岩の上にある百日紅」を取る時と同じように、ひとまず聖三位に委ねて行なうということなのかなと思いました。
この記事を書いたブロガー
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「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。
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