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27年間生きていた「虚構の世界」から救い出された。

27年間生きていた「虚構の世界」から救い出された。

こんばんは、satoです。

昨日の記事を書きながら、もっと自分の過去を振り返ると改めて私が摂理に呼ばれて救われたんだということを感じるようになりました。それを一つまとめたいと思います。

私は物心ついたときからテレビとマンガをずっと見続けていました。

マンガの世界は見ていて楽しく、いつもその世界に没頭して、まるで自分がそこにいるような感覚を持って生きていました。

いつしかマンガを読んでいないときもマンガのことばかり考えるようになるくらいでした。

一方で、現実世界において、学校ではとても辛いことがありました。

特に人とのコミュニケーションが上手くとれず、学校の教師に怒鳴られたり、クラスメイトともあまり上手く話すことができませんでした。いじめに遭ったり、一方的な上下関係に近い人間関係しか構築できず、自分の心の奥を話せる友達はいませんでした。

特に中学校の時に友達と思っていた人から突然嫌われ、それ以降いじめの対象となったことが本当にショックでした。
それ以来、私は自分の心を閉ざし、積極的に物事を行うことをやめました。それは自分の本心には反していましたが、あのようないじめには二度と遭いたくない一心で周りの人に合わせました。

その結果、私は現実世界でなく「虚構の世界」、頭の中の世界に生きるようになりました。

現実で生きている感覚も失い、ただ頭のなかにある空想とそれを構築する材料であるマンガだけが私の拠り所でした。

だから、私は年を経るにつれ、何に対しても喜びと情熱が湧きませんでした。私は「死んでいました」。

生きている実感もなく、喜びと情熱もなく、生きる希望もなかった私は、生きている価値を感じられず、死ぬことを普通のように考えるようになりました。

私が摂理に来たのは、まさにそんな時でした。

皆によくされても心を閉ざしてなかなか受け入れることができず、ネットで摂理を悪評する文章を見てずっと疑っていたことがありました。

それでも、御言葉で教えられた通り祈りながら、賛美をして、行って、神様と愛していくうちに、少しずつ「実体の喜び」が感じられるようになりました。それでも、ずっと生き続けていた「虚構の世界」の感覚が強く、常に葛藤をしていました。時には感情的に突っぱねてしまうこともありました。

しかし、神様、そして鄭明析先生とその体となる人たちは私を離すことなく、常に祈り、御言葉を教えてくださいました。

そうしていくなかで、「現実世界で、実体を感じて生きる楽しさ」が分かるようになりました。

昨今のメディアの発達は著しく、それによって多くの情報に触れられるようになりました。写真を撮っていつまでも残せるようになりました。

しかし、その代償として「実体」を感じられず、そこにある感動、感化、生きている実感が湧かない人も多いのではないかなと思います。

そんな世界の中から私を救い出してくださったことに感謝して、これからも「実体」で神様を愛する生を精一杯楽しみたいと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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