satoの数学小説シリーズ「真理の森の数学セミナー」絶賛更新中!

子供の目には敵わない

子供の目には敵わない

おはようございます、satoです

シロさんが書いたこちらの記事
こどもは「神様の目」をもっている』@摂理のこども~すくすくの雲~
これを読みながら、確かに子供の目には敵わないな…と感じました。

こちらのブログには小学生のよつばちゃんが書いた記事が多くあります。
特に漫画では大人では思いつかないような話も多いし、実際うまくなっています。以前ならちょっとオチがないなぁ、と気になっていたのですが、最新話はちゃんとオチもついててかなり面白いです(笑)これは私には描けないわ(笑)

物事を多く知れば知るほど知識は増えますが、むしろそれによって縛られてしまい、新たな発想が浮かばないということはよくあります。
漫画もたくさん読むと色々な構想が浮かぶ反面、どこまで行っても「既成の作品と似たもの」しか出てこなくなります。実際、私の空想はどうしても過去読んだ漫画の焼き写しにしかなりませんでした。

数学でもそうです。

昔、小学生だった私は色々なことを空想していました。その中には数学もあって、立体から1次元上げた「4次元の世界」の図形についてあれこれ語ったこともありました。
でも、色々な知識を学んで、面白いことを「知る」ことはできましたが、いつの間にか「作り方」を忘れてしまいました。
とりあえず何か予想してみようと思っても、すぐに止まってしまうのです。「数式にできない」、「数式のイメージが浮かばない」って。

大人は知識を多く持っています。しかし、子供は「創造/想像する」力を持っています。
それは、大人が持っている「バイアス」がない分、自由に動くから。

ここで鄭明析先生はこのように話していました。

「幸い小学校しか出ていないから、多くのものを創造できる」

確かに、鄭明析先生の発想はこの世の常識とはかけ離れた「斬新」さがあります。
それも、修道生活に没頭していて、若い時に「世の中の既製品」に触れてこなかったからなのかなと思います。

だから、イエス様も「子供のするままにしておきなさい」と話されたのではないか、と思います。
大人が作り上げた「常識」によって、子供たちの可能性を縛られないために。

もちろん、子供たちは知らないゆえに間違った方向に走ってしまうこともあります。
また、複雑なものを理解することはできません。それには訓練が必要です。
だけど、間違わないようにしようと思って抑えてしまって「野性味に溢れた」何かが消えてしまう…。
「これをしたい!これをやろう!」と思っていたのが「これはできない、これは自分には遠い」自分の都合のいいように考えるようになってしまう。
そのことが残念であると同時に、教育に携わる者としてとても気をつけなければならないなと考えています。

私の研究の話で言うなら、過去偉人が作り上げた数学を学び、自らのものにすることで「遠くのもの」を見る力は養えました。
だから、今度は「子供のように」バイアスをなくしていきたいですね。自分の可能性を広げるために。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

日常生活カテゴリの最新記事