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摂理の御言葉で語られる、自分自身の価値。

摂理の御言葉で語られる、自分自身の価値。

自分という存在は、この世界に、この歴史にただ一人しかいない。

こんばんは、satoです。

ここ最近、次元を上げる事についてもがいていた私。少しずつ祈る中で霊の視点で考えるというところがポイントなのかな…という感動が来ました。そうしたら、今朝の明け方の礼拝で、次のような御言葉が伝えられました。

この世でいくら多くのものを享受して生きたとしても、<霊>が救われなければ「肉体世界」で終わる。

<肉の世界>は過ぎてみれば「一瞬」だ。

まさしく、この御言葉が答えでした。私達の生の核心は霊を天国が行けるように成長させることにありますが、そこがずれていて「自分の肉が喜び楽しむために」しようとしていたから、辛かったのです。
実際、肉が喜び楽しむためだけなら、もっと楽な、色々な方法がありますからね。しかし、霊を作る…御言葉を守って肉と考えを神様の姿に似せて成長させる時にはずっと楽しみが大きくなります。

自分の肉の価値とは、一体何でしょうか?
これが分からないから、何をやっても辛かったのですが、今日の水曜礼拝で伝えられた鄭明析先生の御言葉にこのようなことが書いてありました。

自分の肉体をもって神様が遣わした救い人を信じ、その御言葉を聞き、神様と聖霊様と御子を愛して、聖霊に導かれ、主の御言葉通りに行なうことで自分の霊を天国まで行かせて永遠に生きるようにできる肉だから、それほどにも貴重なのです。

肉の価値の核心は、名誉や権勢、能力、特異性ではありません。
霊を作って、永遠な天国に行かせることができるから、価値があるのです。

私自身、今まで自分の価値を「特異性」に見いだしていたところがあります。実際、発達障害とか数学研究とか、周りから見たら「他にはない貴重な存在」であることは確かなのです。
が、それだと、発達障害でなかったなら、数学研究をせずに普通の人と同じような生活をしたら、私の価値がなくなってしまうことになります。また、自分はできないことに価値を置くなら、出来てしまうと価値がなくなることになります。

自分が辛いと思っていたのは、自分の価値がずれていたからなのです。
自分の霊を作って、永遠な天国に行かせることができるのは、地球世界でただ一人、自分だけです。
もちろん、聖三位の御言葉を聞いて、行なわなければならないので、自分一人だけでできるわけではありません。その御言葉を伝えてくださる救い主が必要です。
が、同時にその御言葉を行なうことでしか自分の霊を作ることができないこともまた事実。救い主だけでは自分の霊を作れないのです。自分の霊を作ることができるのは、自分の肉だけです。

こう書いていますが、私もこのことをまだまだ完全に悟れているわけではありません。
この視点の価値が悟れるように、霊魂の価値を真に悟れるように、続けてお祈りしていきたいです。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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