IUTの世界は「言葉で実体を表す」難しさに似ている


おはようございます、satoです。

遅ればせながら加藤文元教授がMathPowerで行なったIUT(宇宙際タイヒミュラー理論)の一般向け講演を視聴しました。
とても驚くべきことに、最先端の理論をかなり分かりやすい比喩を使って巧みに説明していました。
理論の核についてここまで理解できるように説明できることに驚嘆しました。

私は以前書いたように、星裕一郎さんの解説論文を読んで出て来る単語を一つ一つ解説することを試みていました。
そのため、昨日の講演を聞きながら自分が朧げながら理解していた感覚をしっかりと掴むことができました。
例えば、以前書いた記事で「遠アーベル幾何学」とは何かについて解説を試みたのですが、加藤教授の講演を通して図形の対称性をどこまで図形を復元できるかという言葉でうまく表現できるようになりました。
また、「群の構造が複雑(=対称性が高い)なほど正確に図形を復元できる」というところもポイントで、「遠アーベル」という言葉の由来を掴むことができました。

その他にも色々理解できたところは多かったのですが、今日はIUTの核心を「私の言葉で」説明することを試みます。
…大丈夫です、今日は数式出てこないです(笑)

「フロベニウス的」と「エタール的」

IUTには大きく分けて二つの要素があります。それがフロベニウス的対象とエタール的対象です。
加藤教授の表現で話すとフロベニウス的対象とは図形、エタール的対象とは図形の対称性を表す群のことです。
また、フロベニウス的対象を物体、エタール的対象を物体の対称性ということができます。
この二つの大きな違いはフロベニウス的対象は各舞台毎に異なるのですが、エタール的対象は各舞台間でやり取り(通信)をすることが出来るということです。
そこで、ある舞台のフロベニウス的対象(図形)をエタール的対象(群)によって表現し、それを別の舞台で復元するということをします。
すると、復元したフロベニウス的対象は元のものといくらか違いがあるのですが、その違い(不定性)がある程度統制できて、それが計算可能というのがIUTの重要な定理です。

これを「言語」と「実体」で表現してみます。
加藤教授もIUTの考えを言語に置き換えて、このような表現をしています。

この「言葉」をキーワードにして私なりに表現してみます。

IUTの世界:カレー編

私がある行為、例えばカレーの作り方を言葉を用いて遠くにいる人に伝えたとします。そしてそれを聞いた人が実際にカレーを作るとします。
まず用いる言葉が複雑であればあるほど多様に、そして詳細に物事を表現することができます。(これが群の複雑さと復元の不定性の関係になります)
そして、仮に伝わったとしても、実際に作る時に鍋とか材料とかが違ってきます。

例えばタイだったら米がタイ米だし、カレーの感じも大分異なってきますよね。こういう「材料やら鍋やらの不定性」があります。
この場合、「カレー」がフロベニウス的、「その作り方」がエタール的です。そして、この「作り方による不定性」を評価することが出来る、というのがIUTの考え方です。

IUTは「言葉で実体を表す」ことに似ている

同じ国同士で言葉だけでやり取りしても二人の考えが違っているということはよくあります。言語で実体を伝えるというのは結構難しいです。
IUTの考えでいえば人間一人一人が「舞台」だとすると、その考え・認識がフロベニウス的存在、言葉はエタール的存在になります。
私の考えを直接見ることができれば完全に理解することが出来るでしょうが、それは霊の世界でなければ不可能です。だから、私は言葉で表現します。
しかし、その言葉を聞いた人が考える認識は、私の考えをある程度反映していますが、やはりその人の経験・認識・環境等に左右されます。
この「考えを言葉で伝えることの難しさ」というのがIUTでいう「歪み」になります。

IUTの場合はその不定性が評価でき、それを用いて数学の問題を解いていくのです。それは確かに今までの数学で考えて来なかった手法です。

果たしてこれが何を生み出すのか…今から楽しみです。

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「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代まであと一歩。数学者を志す大学院生で、教育系の仕事もしています。 軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。