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自分を作る、という希望。

自分を作る、という希望。

こんばんは、satoです。

初めて摂理の礼拝に出てから、昨日で7年が経ちました。
7年前、摂理に来た直後に比べれば、私は多くのことにおいて変化しました。
人目を気にして怖く思っていた、不安に思っていたところから、人に対して心を開くようになったこと。
現実感を感じられず、ずっと自分の世界にいたところから、現実世界に生きがいと実感を感じられるようになったこと。
観念的に考えてばかりで複雑になっていたところから、行うことを楽しみとして考えが「神様が好きである」というシンプルなものになったこと。

でも、その一方でまだまだ変化できていないところもあります。

自分に対する自信が持てないこと。派生して、自信を持って「やればできる!」という人に対して複雑な感情を持ってしまうこと。
(以前なら完全に嫉妬か拒絶をしていましたが、最近は調子が悪くても「確かにできそうかな…」と思うまでにはなりましたが)

人に指摘されると素直に従えないときがあったり、落ち込んでしまうこと。

感情を言葉にできず溜め込んでしまうこと。そうして外部の刺激に反応できなかったり、環境の変化に対応できなくなる時もあること。

生活を振り返ると
祈ってから物事を行えなかったり、
自分に任されたすべきことを行えなかったり(信仰的にも、研究的にも)、
時間の管理が下手だったり、
聖書を読み進めてなかったり、御言葉を読み返してなかったり…
そもそも御言葉に対する理解が弱かったり、御言葉を行う力が弱かったり…

信仰生活を長くしているのに、できていないところが多すぎです(´・ω・`)
「摂理は年輪でない、どれくらい実際に行っているかだ」という話もありますが、これで7年経ったのか…と思う時もあります(´・ω・`)

そんな私に、神様はおっしゃいました。

「自分を完全に作りなさい。自分の悪いところを直しなさい」

これこそが、まさに希望の御言葉でした。
神様はどれくらい長く信仰を持っているかではなくどれくらい自分を御言葉で作ったのかをご覧になります。
御言葉を信じられず、心が弱くても、罪があっても神様は変わらず愛します。その上で私たちが自分を作ったら「もっと愛してくださる」のです。

これまで神様の愛を受けて、自分の心の土台を長らく作ってきました。その結果、少しずつ神様の愛を土台とした自信と揺れない心が出てきました。
それならば、今度は何をすべきでしょうか?
その愛の土台を持って自信を持って自分を作り、神様がもっと近くし、ともに神様の願いを成せる自分に作ること。
そして、これまで作ってきた自分を持って神様の願いを、神様の愛を伝えることを、していくことだな、と私は思います。

これまで神様と共に「自分と向き合って」心を作り、その結果自分が変化したことは私の中で揺らぐことがない事実です。
だから、そこに自信を持ってこれからも諦めず最後まで!
信仰を持って生きていきたいと思います。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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