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ぶっちゃけ論:摂理人satoが30個論「エリヤとからすのパン」から「信仰」について真剣に考えてみた。

ぶっちゃけ論:摂理人satoが30個論「エリヤとからすのパン」から「信仰」について真剣に考えてみた。

こんばんは、satoです。今回二回目の投稿です。
しばらく前に30個論について疑問に思ったことを考察する、という記事を書いてみました。
今回は「エリヤとからすのパン」について疑問に思っていたことを書きたいと思います。
エリヤとからすのパン、通称エリから。
この講義はエリヤがアハブ王に「神様の御言葉」を伝えて国から追われるところから始まり、「カラスに養わせる」という神様の御言葉がどのように成就したのか、に焦点が行きます。この話で伝わる内容の一部は【摂理人が書く物語】内の「Bible Story:エリヤとからすのパン」にてCさんとLちゃんが表現してくれています。
さて、エリからの話は神様がカラスに養わせるところまでで終わるのですが、エリヤの奔走劇(?)には続きがあります。
そう、国を追われたエリヤは果たしてどうなったのか…です。
エリヤは時になり、神様の御言葉に聞き従ってアハブ王の前に進み出ます。そして、当時イスラエルにはびこっていた偶像「バアル・アシラ」の信者と戦うことになるのです。
列王記上18章22-24節
エリヤは民に言った、「わたしはただひとり残った主の預言者です。しかしバアルの預言者は四百五十人あります。 われわれに二頭の牛をください。そして一頭の牛を彼らに選ばせ、それを切り裂いて、たきぎの上に載せ、それに火をつけずにおかせなさい。わたしも一頭の牛を整え、それをたきぎの上に載せて火をつけずにおきましょう。 こうしてあなたがたはあなたがたの神の名を呼びなさい。わたしは主の名を呼びましょう。そして火をもって答える神を神としましょう」。民は皆答えて「それがよかろう」と言った。
エリヤ一人に対して、偶像の信者は850人。
剣で戦えばエリヤに勝ち目はありませんが、彼は「自分が信じる神を呼び求め、答えた方が真の神だ」という勝負法を提案、バアル信者とイスラエル民族はこれを受け入れます。
結果だけを言うと、バアル信者には何も起きず、エリヤが呼び求めたら神様が答えて捧げものが焼き尽くされました。勝者エリヤの「バアルに仕える者を生かしておくな」の一声で、民によってバアル信者は殺されます。晴れてバアル信者は断たれ、イスラエルには3年ぶりの雨が降るのでした…めでたしめでたし。
と、まぁこんな感じなのですが、私はここで一つ疑問があるのです。
どうしてバアル信者はこんな戦いを受け入れたのか?
と。
…こんなこと言うと身も蓋もない感じがしますが(笑)
だって、彼らは850人もいたわけですよ!?それならエリヤが「わたしはただひとりのこ…」って言ってる間に取り囲んでしまえばあっという間にエリヤを倒せるじゃないですか?
(これって…戦隊ヒーローもので「どうしてヒーローたちが変身中とか名乗りを挙げている間に怪人は攻撃しないの?簡単に倒せるじゃん。」っていうのと同じ気もしますが。)
…まぁ、それは「王様の命でエリヤを殺すなと言われた」とかいう可能性もあるし、そこはうまくいったとしましょう。
そのあとの決選で、バアル信者たちはバアルの名を呼ぶけど何も起きないわけですよね。
…この時「こっそり火をつける」ということはできたと思いませんか!?
命もかかっているし、私だったら、間違いなくそうしますね。
民が見ているって?850人もいるわけだし、うまく連携すればいくらでも火をとって、火をつけることは可能でしょう。
エリヤもエリヤで、敵がそのようにするということは考えなかったのでしょうか?
…と、ここまでは「信仰のない人」視点で語りましたが、ここで「信仰」の視点を導入します。
バアル信者にしてみれば、「バアルが全能者だ!バアルなら私たちを助けてくれる!」と信じているわけです。というか、そうでないとわざわざ偶像を拝んで、自分の食べる分を削ってまで供えものをして、自分の身を傷つけるなんてことしないわけです。それくらい、彼らは「バアルが助けてくれる」って信じていた、ということになりますね。
それだから、彼らはこう思ったのでしょう。
「バアルに呼ばわれば、必ず火をつけてくださるだろう。」
たとえ、すぐに火がつかなかったとしても。
昼になっても、夕になっても火がつかないとしても。
彼らはそれを信じ続けたわけです。
最初から「火をこっそりつける」なんて考えはなかったのです。
最初から「勝てる」と思っていたから。火がつくと思っていたから。
しかし、その期待は裏切られた。
結局彼らの供え物は、燃えなかったのです。
彼らの信仰は、純粋、素直ともいえます。愚直とも。その信じる力は絶対に必要なものです。
しかし、信じたものが「偽り」なら…
何を信じるのか、それが大事…ということですね。

この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。

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