【数学小説】真理の森の数学セミナー~序章①~

おはようございます、satoです。

先週までで積分編は一区切りです。本当は定義とか色々考察していきたいところですが、その話は一旦置いておきます。
今回から『真理の森の数学セミナー』の物語を改めて初めから書いていこうと思います。

今回は4人が如何にして出会ったのか、その経緯とかを書いていこうと思います。
…ちなみに、この話の時代設定としては今から数年前を想定しています。よって、コロナウイルス流行による対面授業のあれは(まだ)ない設定です。


ーそれは、本格的な夏も間近という時のこと。

今までと異なる環境に幾ばくかの不安と、期待が混じる思いを持ちながら入学した4月。
その新鮮な気持ちが薄れて中だるみし、これまでの高校での授業と違い、自学自習が前提となっている大学の授業に苦戦しながら、あるものはバイトに、あるものはサークルに、あるいは遊びに熱を出す。
そして、今までにない長期休暇を目の前に最終課題と試験に追われ、めまぐるしく過ぎていく7月。

…そんな風に初めての大学生活が過ぎ、最後の試験とレポートを終えた一人の大学生がいた。
「……ふぅ」

彼の名前は岸本 数正。
今、最後の授業であった「線形代数学」の試験を受け終え、一息ついていた。

「…最初は高校の授業との形式の違いに苦戦したが、まぁ思ったよりは追うことができた。高校の時から行列や線形代数の話に慣れていたのが良かったな」

“追うことができた”と言ってはいるが、実際には数正は授業の内容をしっかり理解していた。一年生の授業では定義・定理より計算の方が多かったとはいえ、大半が”高校までの授業”とのギャップについていけなくなる中で、彼は定義を一通り理解し、難しい計算もできていた。無論、今回の試験でも計算ミスがなければ満点であろう。

「しかし」

だが、数正としてはそれでは満足できなかった。

「やはり、大学に来たのだから…。
もっと専門的なことを勉強したい」

数正は”数学の勉強をしたい”がために大学に入った。
彼は数学好きで、数学が得意で…自ら勉強したくて数学科に入る、いわば”数学者の卵”なのだ。

「せっかくだから、自主ゼミに顔を出してみようか…」

数学科に行けば、自主ゼミが開かれている。
これは大学が用意している授業の一環としてのゼミではなく、勉強したい人同士が集まって自主的に開かれる、文字通りの”自主ゼミ”である。
ただし、”自主ゼミ”であるが故に実際に開催されているのか、どのような内容であるのかというのは…彼らが宣伝でもしない限り外部の人に伝わらない。
かつては、大学の支援の下で自主ゼミをする計画もあったが、今はそれもなく…。

「…どこに行けば自主ゼミの話が分かるのだろうか?」

よって、数学科の先輩か教授でもいない限り、自主ゼミのことを知ることは難しい。

数学科の大多数は外部に自分のしていることを伝播することより、自身の興味のあることを勉強し、その理解を深めることに重きを置く人が多い。
そのため、同じ数学科で、数学を勉強したい人同士でも自主ゼミがされているのかを知らない、というのが現状である。

「数学科のHPに書かれているセミナーに参加したいところだが…」

数学科で広告される専門的なセミナーもあり、そこに行けばもっと高度で専門的な話を聞くことができる。
しかし、このようなセミナーは最先端の研究内容で…それこそ専門的な知識がなければついていくことはおろか、90分間集中を保つことも難しい。

「できれば、一緒に専門的な知識を勉強できる仲間がほしい」

数学は一人でも勉強することができる。
専門的な数学書は大学の図書館にあり、紙とペン、そして自らの頭脳があれば…いや、スマホが普及している現在では、最悪自分がいればどこでも勉強ができる。
多くの自然科学の中で、数学のみがこのような特徴を持ち、同時にそのような時間が必須とされる。

とはいえ、一人だけでは解決することが難しい時もある。
そういうとき、自分より詳しい仲間、あるいは自分とは違った理解を持つ仲間がいることが助けになる。
そういうわけで、共に勉強できる仲間がいることは大きい。特に、”最も抽象的で、複雑”な学問である数学では。

数正のいた高校では彼以上に数学のできる人は数人しかいなかった。
そして、その数人かは皆別の大学に行ってしまった。
先輩のつてもない彼は、自分のように数学を勉強する人を知らなかったのである。

「…よし」

しばらく考えていた末に何かを思い付いた数正は、パソコンを持って図書館に入っていった。


「…これでどうだろうか」

数時間後、印刷した紙の束を持って図書館を出た数正。
その紙には、次のように書かれていた。

『一緒に数学を勉強しませんか?
数学が苦手だけどできるようになりたい人、数学に興味がある人、歓迎します。
連絡先はこちら→H大一年岸本…』

シンプルな字体のポスター、それは数学を共に勉強する仲間を集めるためのものであった。

ー一年生が集まる教養棟に貼れば、自分のように”専門的な数学を学びたい”という学生を見つけることができるのではないか?
せっかくだから、自分と同期の学生と知り合えたら良い。

そう考えた数正は、今ある自主ゼミに参加するのでなく、自分で自主ゼミを開くことにしたのだ。
“数学が苦手でもできるようになりたい”という人も募集したのは、敷居を低くしたかったことに加えて、”知り合いを一人でも増やしたい(できるなら女子と…)”というほんのわずかな期待を込めたものであった。

「これで全部だな…意外と多かった」

教養棟や食堂にある掲示板は誰でもポスターを貼ることができる。それ故に常に煩雑な状態になっているのだが…。

「こう書いたが…もしかしたら多くの人が連絡するかもしれないな。
数学が苦手な人は多いだろうし」

一通り貼り終えた数正は、新たな仲間が見つかることに期待して、帰途についたのであった

-このとき彼は、知るよしもなかった。
まさか、このポスターが彼の運命を大きく変えることとは…-


次の日。
数正が作ったポスターは、彼の予想とは裏腹に多くの人の目に留まることはなかった。
そもそも数学を勉強したいという学生が少ない、ということもあるが、それ以上に”ぽっと出のポスター”を見て連絡する、ということがめったにないものである。
新規で作られたサークルに入って、実は飲み会が…とか、実はカルト宗教の勧誘でした…とか、高額の教材が…とか様々なトラブルがあるこのご時世、まして文字のみのポスターではたとえ数学を勉強したいと思う人でも連絡することはなかろう。

多くの人が素通りする中、そのポスターを凝視する一人の学生がいた。

「…」

腰まで伸びた黒髪の女子学生。
彼女はポスターをじっと見つめながら、一言こう言った。

「面白そうね」

その表情は、何かを見つけたかのような笑顔であった。

序章②

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この記事を書いたブロガー

sato
「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。