おはようございます、satoです。
今日は自分の心の分析についての話です。
聖書の御言葉で「人を憎んではいけない」とか「怒りを収めなければならない」という話が出てきます。
例えば
5:22しかし、わたしはあなたがたに言う。兄弟に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。
口語訳聖書 マタイによる福音書5章22節
イエス様が山上の垂訓で伝えたものの一つにも書かれています。
これを聞いて、最初私は何事も怒ってはいけないんだ…と考えるようになりました。
イエス様のような「聖人君子」みたいに、どんなことがあっても怒らず喜んで、笑顔で行う、そんな人が神様の願いなんだ、とイメージしていました。
元々私は怒りという感情はあまり出ませんでしたが、人に対して悪い感情…例えば「どうしてこの人はこうしてくれないんだろう…」とか「あの人嫌だなぁ…」とか、そういう感情が起こることはあり、それに対して「そんな感情が出てくる自分が嫌になる」気持ちがありました。
自分の心がいつも人に対して寛容でなく、心が狭いのを感じまして…。
このように自分の悪い感情を抑え込んでしまうということは割と多いです。
昔から、学校で「人に対して怒ってはいけない」とか「怒るのは悪いこと」とかいう教育を受けているためか、人に対して怒ってしまうのは良くないと思ってこうしがちなところがあります。
そして、それを持って「自分は悪感情を持っていない」と認識してしまうのですが、実際にはそのような感情は消えることなく積もっていきます。
そして、それが溜まりに溜まって限界を越えると…爆発して自分でもコントロールできず衝動的な行動をしてしまったり、逆に抑え込みすぎて精神的な病になってしまうのです。
果たしてこのようなことをことを神様が望まれているのでしょうか?
実は、神様も「怒り」や「悲しみ」といった感情を持っています。違うのは、怒りや悲しみといった感情を持って衝動的なことをすることはないということです。
これはイエス様も同様で、自分のことを迫害する人に対してむしろ彼らを許してくださいと祈りましたが、彼らに対して怒りや嘆きを持っていたことも同時に書かれています。例えば
3:4人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。 3:5イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、その心のかたくななのを嘆いて、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そこで手を伸ばすと、その手は元どおりになった。
口語訳聖書 マルコによる福音書3章4−5節
では、どうしたらこのように自分の悪い感情をコントロールできるようになるのか、というところですが、これについて私が思うのはどうして自分が怒りや悲しみといった感情を持っているのかというのを知ることが大事なのではないかと思っています。
一見すると理由なしに出てきたように見える悪い感情ですが、実際には自分が自覚していない要因が…それも一つでなく複数存在していることが多いです。
一つ一つの要素は小さいですが、それらが同時に出てきて掛け合わさることで大きな怒りや悲しみといった感情に至るわけです。
例えば、私の場合「人に何かを指摘されると自己肯定感が下がる」ということが多いのですが、これには
人に悪く思われたくない、その人が自分のことを悪く思うかもしれない
という不安と
自分が把握しているルールとは違う、そのルールは共有されていない
という感情が合わさっていることが多いです。特に自分に対して否定的な時にはより強く怒りや不安、疎外感が出てしまうわけです。
こうやって自分の感情の要因を分析・分解し、一つ一つの認識を変えていくことによって段々と怒りや悲しみといった感情をコントロールできる、というのが私の経験から出てくる答えの一つです。
この作業は正直大変ですが…自分を内省することによって段々と感情を治めることができ生きやすくなっていくので、頑張っていきたいと思いました。
ちなみにタイトルは最近興味を持ったゲームブルーアーカイブのキャラの一人「早瀬ユウカ」のセリフの一つでございます。実際、自分の感情も複数の要因があってそれを分析するのって因数分解みたいだなぁ…と思ったので、今回タイトルに採用しました。笑
この記事を書いたブロガー
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「素直に、深く、面白く」がモットーの摂理男子。霊肉ともに生粋の道産子。30代になりました。目指せ数学者。数学というフィールドを中心に教育界隈で色々しています。
軽度の発達障害(ADHD・PD)&HSP傾向あり。
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